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セックスのあとは裸のまま体を寄せあって、イチャイチャして過ごした。
「もう――やりすぎだよ」
耳を甘噛みしてくる悠真を、上目遣いで睨んでやる。
本当に今日はやりすぎた。箍が外れたみたいに、悠真が何度も挑んできたのだ。一週間彼を放っておいたからかもしれない。それは嬉しいことなのだが。
佑生は腰が怠くて仕方がなかった。
「あとで腰、マッサージするね」
ちゅう、と音を立てて唇にキスされ、これ以上愚痴を言うのはやめることにした。
なんだか甘い雰囲気が途切れない。困ったな、と思う。
佑生は悠真に言うべきことがあった。
これからは、今までのような頻度でこの部屋で過ごすことはできなくなる。学費を稼ぐためにバイトをいくつか掛け持ちしなくてはならないし、そうなったらプライベートに使う時間なんてなくなってしまう。
――俺は一番のままでいられるのかな。
急に不安がよぎった。一度開きかけた口を閉じる。
でも今、言わなければ、と決意を固めたときだった。
ベッド近くのテーブルに置いてあったスマホから、着信音が鳴った。悠真のスマホだ。
「鳴ってるよ。出なよ」
ベッドから出る気配を見せない悠真に、佑生はわざわざ許可を与えた。でも、自分の胸を撫でる手は止まらない。とうとう十コールを超えた。
そうなってやっと、佑生から体を離し、ベッドを下りた。悠真はスマホを手に取って、着信元を確認する素振りを見せてから、電話を切った。急に部屋に静寂が訪れた。
――なんで出ないんだよ。
何か疚しいことでもあるんじゃないのか。そんな猜疑心が浮かぶ。悠真のこんな怪しい素振りは、初めて見た。
悠真は立ったままスマホを繰っている。珍しく険しい表情で。LINEのメッセージか、メールを打っているのかもしれない。
悠真が送信の音を響かせたあと、「シャワー浴びてくるね」と言って、スマホをテーブルの上に置いた。
ベッドで横向きになったままの佑生にキスをしてから、浴室に歩いていく。
浴室のドアを閉じる音がしたとたん、佑生はテーブルの上を見た。悠真のスマホに目が釘付けになる。
――さっきの態度はおかしかった。
しつこく電話が鳴っているのに出なかった。そのあと苛々しながらLINEでメッセージを送っていた。
見たい、と思った。悠真が誰に、どんなメッセージを打ったのか。
佑生は怠い体を起こして、ベッドから下りた。与えられた時間は少ない。すぐに悠真は風呂から出てくる。
佑生は悠真のスマホを手に取った。深呼吸をしてから、パスコードを入力する。六桁の暗号。
悠真の生年月日を入れてエラーになった。次に、自分の生年月日を入れてみる。これはないだろうと思いながら。
だが、あっけなくホーム画面に切り替わった。
「俺の誕生日って」
すごく照れるけれど。嬉しい。
勝手にスマホを見ようとしたことを後悔した。少しでも彼を疑うなんて。
スマホをテーブルに戻そうとしたときだった。ピコン、と音を立てて画面に新着メッセージが表示された。
『え~? また会おうよ』
語尾にピンクのハートマークまでついている。
佑生の手は震えた。やっぱり自分がいない間に、他の女性としたのだろうか。
表示されっぱなしのトーク画面を見る。
昨日の夜から遡る。
『昨日はごめんね』
その吹き出しは悠真のものだった。昨晩の十時過ぎに送信している。対して、『いいって。すごく気持ちよかったし』一分後に返信されている。
ここまで読んで、佑生は絶望的な気分になった。
――すごく気持ちよかったし。
これはどう考えても、セックスの事なんじゃないかと思ってしまう。
――マッサージなんかじゃないよな。
トークの相手は女性だろう。ニックネームが『ゆい』となっている。
頭の中で、悠真の吹き出しに余計な補足が入る。
『昨日は(やりすぎて)ごめんね』
『いいって。すごく気持ちよかったし』
しっくりきすぎた。
さっき送ったばかりの悠真のメッセージが決定打だった。
『もう連絡してくるな』
――浮気したんだな。
そんな思考になって、佑生はぶんぶんと首を振った。
「そもそも、俺たちは恋人ってわけじゃなくて」
自分に言い聞かせる。この一年、悠真に女性の影がなかったから、調子に乗っていた。彼から「好きだ」と言われたことなんて一度もなかったのに。いつも言うのは自分だけ。
一方通行なのはずっと変わっていなかった。
スマホをテーブルの上に戻し、佑生はベッドに戻った。
なんでだろう、と思う。彼が他の女を抱いたことに対してではなく。
なんでこんなに思いあがってしまったのだろう、と。
そして自分は、打たれ弱くなっている。
一番じゃなかったときは、悠真が他の女性と一緒にいたって、ここまでショックを受けなかった。辛くて悲しい気分にはなったけれど。彩佳に嫉妬したことだってあったけれど。
――辛いなあ。
一人だったら、ここで泣いていたかもしれない。目に力を入れて涙が出ないようにする。
そんなことをしていたら、悠真が浴室から出てきた。Tシャツとボクサーパンツという開放的な恰好で。
「俺も入ってくる」
彼の顔を見ないようにして、佑生は浴室に小走りで向かった。
浴室のドアを閉め、鍵を掛けてから、やっと涙を流すことができた。
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