それが、真実

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それが、真実

それから彼はどういうわけか毎日うちの高校の美術室に来た。 どこから聞きつけてくるのか世間の耳は早いもので、彼が僕の心中相手の一人息子だということも世間はとうに知っていて面白おかしく談義した。 「……あのさ」 寝っ転がりながら週刊誌の漫画雑誌を読みつつ彼は「ん?」と生返事をする。 「真面目に聞いてほしいんだけど」  面倒くさそうに雑誌を閉じて起き上がり彼は僕へと向き直る。 「なに」 「……キミさ」 「光輝」  逡巡の後に言い直す。 「光輝、君はさ」 「君いらねぇ」  またもや口籠り再び口を開く。 「……光輝はさ、あんまりここに来ないほうが良くないかな」 「なんで」  持っていたイラストボードとクレパスを机に置いて僕は彼に向かって前のめりになる。 「わかってるでしょ?みんな知ってるんだ。光輝が麻里子の一人息子で、僕は……その心中相手。世間から見たら母親を殺された子が毎日その犯人に会いに来てるんだ」 「だから?」  思わぬ返答に面食らう。 「それはなんも知りもしねぇ世間の意見だろう。なんでこっちが合わせなきゃなんねぇの?」  閉口する僕に彼は続ける。 「俺ゆらちゃんに会いたいし」  ムッと眉根を寄せた僕に彼は悪戯っぽく笑いながら軽く手をあげる。 「悪い。ゆらさん」 「別に、いいけど。それよりもしお父さんに知れたら」 「親父は俺にも母親にも興味ねぇよ」  再び彼は寝っ転がって漫画雑誌を読み始めた。 ふと、好きで結婚したわけじゃないと言っていた麻里子の言葉を思い出した。 画家になりたかった麻里子をご両親が堅実な道へ誘導するために 早くに見合い結婚させたのだ。 ご両親にはわかっていたのかもしれない。 麻里子の破滅的な情熱が。 「ゆら」  雑誌から目を離さないまま呼びかけられて僕は彼を見やった。 「わかってもらおうとするな。誰も理解なんて出来ねぇぞ。あんたのことなんて」  粗野な口ぶりで告げられた真実がずしんと胸に響いた。 確かに僕のクローンでもない限り、 親兄弟、親類縁者にも愛されなかった心中の生き残りの心情など 誰も理解できるわけがないのだ。
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