死んだなら……

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死んだなら……

夜中に抜け出して麻里子の墓へと向かった。 十二月の夜風は肌を突き刺し手は悴んで動かない。 墓へ着くと墓前に彼の部屋に置いてきた スケッチブックと色えんぴつが備えてあった。 ふいに口元が綻んだ。 墓前にしゃがみ込み手を合わせる。 すると墓場の砂利を踏みしめる音と共に漆黒の闇の中から 汚れた運動靴が現れた。 視界の隅に入ったそれに目を向ける。 出会った日、朝靄の中から現れた彼は 一瞬本人と見紛うたほどの生き写しで心臓が飛び跳ねる衝撃だった。 「光輝」  あの日のように、彼は気の強そうな眼差しで僕を見ている。 「いねぇよ」  ぶっきらぼうな言葉と共に吐き出す息も白い。 僕は「え?」と聞き返す。 「『麻里子』、そこにいねぇよ」 僕はおもむろに麻里子の墓へと視線を向ける。 「納骨もしてねぇし」  後頭部を掻きながら近づいてくる彼に 反射的に視線を戻し再度「え?」と聞き返した。 「親父は俺にも母親にも興味ねぇんだよ。 生きてたって興味ねぇのに、死んだら一秒も思い出さねぇよ」 「そんな」 「そんなもんだぜ?」  真っ白な息を吐きながら彼は僕の傍らにしゃがみ込む。 「だから俺は母親が嫌いなんだ。男見る目もねぇ上にこんな所に勝手に生みやがって」  小石を握って彼は地面に軽く投げる。 「麻里子は」 「見合い結婚だろ?嫌なら断りゃいいじゃねぇか。俺なら親父みてぇな覇気のねぇのが顔にまで出た生ける屍は選ばねぇ。てめぇはさっさと美少年に走って楽になりやがって」  口を噤んで俯き後れ毛を耳に掛けると彼は片手で僕の両頬を掴んで 向き直させる。 「それやめろ」  しまった、と後悔した。 これは麻里子の癖。 彼の怒りを刺激した。
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