第6章 覚悟

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1月15日(私立試験) 今日はいよいよ試験当日。 父が心配して試験会場まで車で送ってくれた。 「パパありがとう。ここでいいよ」 「落ち着いて頑張んな」 「うん」 車を降りて学校の校門を通り過ぎて試験会場の案内を見ながら、教室を探す。 55番、55番 あっ!こっちか 55番の受験番号が分かった時はビックリした。 勝利の誕生日である5月5日だったからだ。 あっここだ! 試験会場の教室を見つけ、気合いを入れた。 よし! 私は55番と書かれた席に座った。 午前中は英語、数学、国語の3教科の筆記試験があり、 午後からは、面接が行なわれる。 私は昨日買ってもらった鉛筆を机の上に置いた。 鉛筆に書いてある言葉を見て、気合いを入れる。 鉛筆に書かれた言葉は 「合格」 「頑張れ!」 そして 「勝利」 私は勝利と書かれた鉛筆を選び、消しゴムとセットで机の上に置いた。 そして、その他の鉛筆は筆箱にしまった。 刻一刻と試験開始時間が迫ってくる。 緊張してくると、鉛筆の勝利の文字を眺めて心を落ち着かせた。 試験官の先生が入って来て 問題用紙を配り始める。 学校のチャイムが鳴って、試験が始まった。 (1科目目)英語 (2科目目)数学 (3科目目)国語 全ての科目に、手応えを感じた。 3教科の試験が終わると昼食の時間となり、いくらか場の雰囲気には慣れてきているものの、知らない人と話す勇気もなく、ただ黙って家から持ってきたお弁当を食べて、午後の面接に備える。 しゃべれるかな? 一度そう考えると、不安が積もっていく。この長い昼休みは緊張度をMAXにするには充分な時間であった。 昼休みが終わり面接が始まる。 この学校では、5人ずつ面接を行なっていく形式をとっている。今の私は、一人で面接部屋に入らなくて良いので、気が楽と考えれば良いものの、もし変な回答をしてしまった時には、5倍の恥ずかしさを味わうのではと考えてしまう。 昼休みに積もった不安は、全てにおいてネガティブな発想へと変えてしまっていた。 1〜5の組が始まり46〜50まで進んだ。 次だ 胸の鼓動が激しくなってきた。 勝利、助けて! そして、試験官が 「はい、次は51〜54までの方、面接室に入って下さい。」 えっ! 何で呼ばれないのか、試験官に聞こうとしたが、とてもそんな勇気は無く、その場で受験番号の55を呼ばれるのを待った。 51〜54の面接が終わり、緊張から解放された生徒が出て来た。 「55番、入って下さい。」 一人! 胸の鼓動が更にヒートアップしてきた。 少し震えた手でドアをノックして、中からの指示に従いドアを開けて前に置いてある椅子の横に立ち 「受験番号55 飯嶋奈緒です。よろしくお願いします。」 と言って、お辞儀をする。 いくらか声が震えてしまった。 真ん中に座っている、スーツを着た小太りの中年男性が「掛けてください」 と言ったので 「失礼します」 と席に座る。 するとまた真ん中の人が 「そんなに緊張しないでね」 と、今まで面接の練習では無かった言葉を掛けてきた。 本来ならば、志望動機や中学での活動等を聞かれるのだが、この面接は違った。 5人いる面接官で、全て真ん中の小太りの先生が質問をしてくる。 「君は吹奏楽で推薦を出したと思うけど、一般入試で本当にいいのかね?」 全く予想もしない質問だったが、私はありのままの気持ちを伝えた。 「はい。高校では吹奏楽をやりませんので、お断りさせていただきました。」 「実は君の担任へ推薦入学の間違えではないか確認の電話をしたんだが、高校はウチしか受けないと聞いて、正直よく分からなかったんだ。君の内申点だと、私が言うのもおかしいけど、他の学校も充分行ける学力があると思うんだが、この学校に吹奏楽以外で何か目的があるのかい?」 「はい、私は野球部に入ります。マネージャーになって、甲子園のベンチに座りたいんです。そして日本一になる瞬間をベンチで味わいたくて、心城学園に希望を出しました。」 「そういう事ですか」 真ん中の人以外は、何を言っているんだという表情をしている。 私も我に返り、面接だった事に気付く。 「申し訳ございません。面接で、この様な事を話してしまい、すいませんでした。」 初めて真ん中の人以外の人から質問がくる。 「もし甲子園に行ける様なチームでないと判断したら、吹奏楽に入部しますか?」 私はまた我を忘れて、席を立ち、大きな声で 「そんな事は絶対に有りません。絶対に甲子園に行くし、絶対に優勝します。」 やってしまった! すぐに席に座り謝罪する。 真ん中の人が 「じゃあ分かりました。これで面接を終わります。」 私は教科書通り、席を立ち 「ありがとうございました。」 と深々とお辞儀した。 ドアを開けて面接室を出た瞬間、涙が零れ落ちてくる。 涙を流しながら校舎を後にした。 やっちゃった、もうダメだ! 勝利・・・ 筆箱から鉛筆を取り出す。 「頑張れ!」 と書かれた鉛筆を手にすると、勝利から「頑張れ!」 と言われている様な気分になり、涙の量が増していった。 勝利、ごめんね 次の日から7月22日の発表まで、生きた心地がしない。 都立の願書も何とか間に合うと言われたが、合否を見てから考える事になっていた。 そして発表の日がやって来た。 もし合格していたら、入学手続きの事もあるので、母も一緒に行くと言って、私と二人で電車に乗って心城学園に向かった。 駅を降りて、学校まで歩き校門に辿り着くと、校門から正面に大きな掲示板が見えた。 何とも言えない緊張感が襲ってくる。 一歩一歩掲示板に近づいていく。 1番から下を見ていくと一番下が25番で終わっている。 私はまた上を見て1番の横の横の行を見る。 51、54・・・55 あった〜 受かった〜 母と手を取って喜んでいると、後ろから何処かで聞いた声が聞こえた。 「飯島さん、おめでとう」 ? 私は声がした方に振り向くと、そこには面接の時に真ん中にいた小太りの先生が立っていた。 「面接の時はすまなかったね。校長の有馬です。」 え〜校長先生! 私は慌てて挨拶をする。 「こちらこそすいませんでした。」 すると校長先生が 「僕も行けると思うよ、甲子園」 と笑顔で言った。 私も笑顔で 「はい。」 と答えたのであった。 母も校長先生に挨拶をする。 「ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。」 と校長先生にお辞儀をした。 私は母に 「合格通知もらってくるね。」 と言って、母と校長先生をその場に残し校舎に走った。 私の高校生活を送る校舎に向かって 奈緒が合格通知を校舎に取りに言った後も、校長先生と奈緒の母は、その場で話し込んでいた。 「娘さんですが、吹奏楽の先生から聞いたのですが、かなりの素質を持っている様ですが、本当にいいんですか?」 「はい。 あの子が10年に及ぶ恋をしている子と同じ夢を歩みたいって聞かないものですから。 相手の子は別に好きな子がいるみたいなんですけどね。 困った子です。」 校長先生は驚いた様子で 「娘さんの事を本当に信用しているんですね」 「校長先生、親としてでは無くて、女として応援しているだけですよ。 我が子ながら、生き方が切なくて」 「青春ですね」 「そうですね。青春ですね。 でも、あの子にとっては一生忘れない高校生活を送ってくれれば、親としては満足です。 ただ、あの子も私も、野球の事は全く分からないんですけどね」 そんな会話をしているとも知らず、笑顔で合格通知が入った袋を持って母の所に行く 「はい、合格通知よ」 と母に渡した。 あれ? 「ママ何で泣いてるの?」
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