第8章 決意

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6時。いつもより早い時間に眼が覚める。 亀戸から稲川実業がある八王子までは、1時間を超える道のりである。 高校に入学したら、寮生活となるので、入学までの間は電車登校となる。 今日は学校のグラウンドに10時に集合がかかっているので、少し早い8時の電車に乗って学校へ向かう。 八王子に9時15分に着いて、10分程歩き学校に到着し、そのままグラウンドに行くと、既に5人がグラウンドで待っていた。 あれ? どこかで見たな? 目線の先には、俺と同じくらいの身長なので、185cmぐらいで俺よりも体格がいい。 太っているのでは無く、見るからにガッチリした体型だ。 誰だっけ? そして時間になり、監督がグラウンドに入って来た。 「ユニフォームは持って来たか?」 みんなが一斉に 「はい!」 と返事をする。 部室だろう場所を指差して 「では、あそこでユニフォームに着替えて、ここに集合」 と言われて、最終的に集まった9名が、走って部室まで行き、急いで着替えてグラウンドに集まった。 監督の周りに9人が集まる。 「ここにいる9人が私が声を掛けたメンバーだ。 ただこの中で3年になってレギュラーになるのは、例年3名いるかどうかだ。 一般入部する選手も、高校で実力をつけてくる選手が必ずいる。 皆んなも気を引き締めて頑張ってくれ。」 「はい!」 「それと松原と大野」 さっき見た選手と一緒に呼ばれる。 「はい」 「お前達は、一軍に合流する事になる。その他の選手も、4月の入学までに実力が認められたら、最初から一軍で練習する事になるから、頑張る様に!」 「はい」 「これから、グランドを10周走る事になるが、列は作らず、個々に体を解しながら走るように。 ではスタート!」 監督の号令で、指示どおり体を解しながら走り始めた。 すると松原が近づいてきて、話し掛けてくる。 「お前は投手か?」 「あ〜そうだよ」 「後で勝負しようぜ!お前がどの程度の投手か見てやるよ」 「お前と勝負して、俺にメリットがあるのか?」 「俺を抑えれたら、認めてやるよ。 15歳以下の世界大会でMVPを取った俺が認めてやるんだから、メリットになるだろ」 そうだ!どこかで見た事があると思ったのは、スポーツニュースで見た奴だったんだ。 リトルリーグで日本一になった、東京シャークスの4番で、15歳以下の日本代表でキャプテンで4番を打っていた奴だ。 「俺がいくら打っても投手がヘナチョコでは、日本一になれないからな。リトルリーグで一緒に戦った投手は、神奈川の横田高校に入ったって聞いているから、ヘナチョコ投手では、あそこに勝てない。 だから、俺にもお前の実力がどんなもんか知る権利は、あると思うぜ」 生意気な奴だ でも松原が心配する気持ちは分かる。何せ俺は実績が無いからだ。 「分かった。監督の許可が取れたら勝負してやる」 ランニングが終わり、準備運動、キャッチボールと練習が進んでいく。 「大野、森山。こっちで投球練習だ。」 森山は身長は180cmは無いが、松原と同じくらいガタイがいい。 「大野、よろしくな」 と笑顔で声を掛けてきた。 「こっちこそ、よろしくな」 グラウンドの端にある投球練習用のマウンドに登り、投球練習を始めた。 最初は森山は立って、俺の球を受けていたが、監督の指示で座った。 このところ、トルネードの練習ばかりしていたので、中学の大会時のフォームだとしっくり来ない。 それでも森山や監督は、投球を褒めてくれた。 森山「さすがに速いな。コントロールもいいし、一緒のチームで良かったよ。」 と褒めちぎる。 他の選手は、守備練習をしている。 そして、100球投げたところで 「よし!少しそこで休んでいなさい。 通常は打撃練習にも参加するんだが、今はやらなくていい」 「はい。分かりました。」 そしてバッティング練習が始まった。 皆んなさすがに上手い。 綺麗な流し打ちをする器用な選手や、さっきまで俺の球を受けていた森山もパワーヒッターらしく、外野手の頭の上を軽々く超えていく。 やはり皆んな凄いな 最後の打者の松原が左打席に入る。 打席に立っただけで威圧感を感じる。 いつのまにかグラウンドのフェンスの所には、授業が終わったのか、野球部の先輩らしき見学者も増えてきていた。 内野手の選手がバッティング投手をしてくれているが、普通の学校なら投手でもやっていけるのでは無いかと思う程にコントロールも良く、スピードもある。 しかし松原の前では、ただの打撃投手だった。途中から少しムキになって力が込められて投げているのが分かったが、そんな事はもろともせず打球は外野手の頭の上を越えて坊球ネットを揺らした。 えげつない打球だな すると松原が監督の所に向かう。 さっきの事か? 予感は的中した。 「大野マウンドに上がれ」 先輩達も見に来ている。最悪のタイミングだ。ここで不甲斐ないピッチングをしたら、普通の投手の烙印を押されてしまう。 是が非でも抑えれなければ。 「監督に頼んで3打席勝負をさせて貰う事になったから、よろしく!」 相変わらず生意気な奴だ。 「では私が審判をやろう」 と監督が面をつけて、キャッチャーの後ろに座った。 5球だけ投球練習を貰い肩を慣らす。 キャッチャーがマウンドに来て、サインを確認する。 第1打席 1球目 ストレートを全力でミットに目がけて放り込む。 ズボッ 「ストライク」 松原はピクリともせず見送った。 そして2球目はカーブ これもキャッチャーのミットに収まる。 「ストライク」 ここで松原が 「確かに速いが、この球では俺を打ち取れねえよ。」 3球目は内角高めのストレートでボールとなり、続く4球目は外角低めのストレートを全力で投げる。 カキーン! 打球はレフト前のヒットとなった。 クソッ! 第2打席 まず真ん中から曲がりボールになるカーブから入る。 ボール球なのに、まるで関係無いと言わんばかりにフルスイングする。 カキーン 打球はライトのはるか頭上を越えるファールボールとなった。 凄い、投げる球が見つからない。 フォークで縦の変化で勝負するか! 第2球目は外角の低めに落ちるフォークボールを投げた。 カキーン 確実にバットの芯で捉えられて、打球は左中間を抜けていった。 「なんだ?もう投げる球が無いのか?」 ! 俺はキャッチャーを呼んだ。 森山「あいつは口は悪いが本物だ。どれも一級品の球ばかりだが、簡単に弾いてくる。」 「あ〜あれで口が悪く無ければ最高なんだが、それと次からサインは要らない。」 「えっ?何で?」 「まだストレートしか練習していなんだ。」 森山は不思議そうな顔をする。 「一応フォークも投げれるけど、今日はストレートだけで勝負するよ」 森山は訳が分からない様子で 「わ・わかった」 と頷いた。 「それとアイツにストレート勝負だと言ってくれる」 完全に呆れ顔で 「分かった、言っとくよ」 森山が松原に、俺が言った事を伝えて座った。 よし、行くぞ! 第一球目 体をひねりながら左足をセンター方向に足を上げ、俺の背中は打者に向いている。 足を打者の方に踏み出しながら体を回転させて、沿った体の背筋を通して右手で持っている球に伝わる。 投げられた球は、ミットに向かって勢いよく収まった。 バシッ! 一瞬、間が空き 「ストライク」 そして2球目 ミットに目がけて力一杯に投げ込む。 松原がフルスイングをしたが、ボールはミットに収まった。 「ストライク」 そして勝負の3球目 全力の球がうねりを上げて打者を襲う。 松原もフルスイングで対抗する。 チッ バットにボールがかすった しかし ズボッ! ボールは、ミットに収まった。 監督のコールが響く 「ストライク、バッターアウト」 思わず俺はガッツポーズをした。 松原がバットを持ったままマウンドにやってくる。 えっ!逆上? するとはめていた打撃用のグローブを外して、右手を差し出す。 そして俺も右手を差し出して握手をした。 ! 松原の手は豆だらけで、口だけではなく努力しているのが分かった。 「お前は俺が今まで対戦したなかでも最高の投手だ。一緒に全国制覇を目指そう」 生意気な奴だと思ったが、真剣に野球に取り組んでいる事が、この手を伝わり感じる。そして何よりも、最高に信頼できる打者が俺を認めた事が、何よりも嬉しかった。 「だけど、次の打席があったら、打ち込んでたけどな!」 と、また生意気な事を言ってきたので 「じゃあ俺に変化球を投げさせてくれる打者にはなってくれよ」 と毒を吐いた。 そして二人でマウンドで笑った。
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