第8章 決意

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打撃練習を終えると昼食休憩が与えられた。 いよいよ午後の練習は先輩達と合流する事になる。 投手は別メニューが組まれていて、ロードランニング等、まだ寒さが残るこの季節は、充分と体を温める基礎体力が中心のプログラムを消化してから、投球練習に入る事になる。 どうやら高校卒後してプロ野球選手からの寄付で作られた投球練習場は、雨でも投球練習が行える様に屋根がついていて、5人が同時に投球練習が出来る。 まるでプロ野球選手のブルペンみたいな場所である。 ただ、投手が10人もいるので、エースと2番手の投手は専用の場所があるので、残りの3箇所を残りの投手が順番に投球練習を行う事になる。 やはり厳しい戦いだな 午前中に100球の投球練習を行っていたので、しばらく先輩達の投球練習を見学していた。 するとエースの黒川さんが手招きして俺を呼んでいる。 黒川さんが投球練習しているマウンドに走って行く。 「さっきの投球見たよ。」 「はい」 「今のこのチームは、打撃が売りのチームだから、君みたいな投手がいれば、甲子園も夢では無い。」 ? 「ここにいる10人は、誰がエースでもおかしくない選手達だ。 ただ残念ながら、ただの「いい投手」なんだ。 君みたいな凄い投手では無いんだ。」 ? 「でも俺達も目指すのは甲子園。俺達も勿論頑張るが、君もそれ以上に頑張ってくれ」 こんな事って? エースを譲るとでも言っているのか? こんな実績も無い俺に? 「黒川さん。勿論頑張ります。ただ実績の無い僕なんかに」 「何言ってるんだ!実績なんて過去のものだろ、今の実力が全てなんだ。だから稲川実業のエースとしてプライドを持ってくれ」 「でも、松原にしか投げて無いのに」 すると2番手の伊藤さんが 「俺達だって悔しいんだよ。 こんな事言いたくないんだ。ただ、さっきの投球を見れば、野球をやってる誰もが分かるよ。 俺達も頑張ってお前を超えるように練習する。ただお前の肩に甲子園が掛かっているなら、俺達も協力してお前のフォローをする。 黒川さんも3年生で最後の年になるのに、こんな事を言いたい訳がないだろう。 全ては甲子園の為なんだ」 甲子園。 この言葉を聞き、甲子園という聖地がどれだけ高校球児の憧れの場所なのか思い知らされた。 簡単に全国制覇などと口に出来る場所では無かった。 そんな事を思っていたが、打撃練習をしているグラウンドから、凄まじい音が響いている。 もはや金属音というよりか、硬い鉄でボールを叩いている音に近い。 次々と打球が防球ネットを揺らす。 打席に入っているのは松原だった。 「先輩!全国制覇しましょう!」 と、とてもまだ高校に入っていない選手が言う言葉では無い事を連発する。 そんな生意気な後輩の言葉を嫌な顔もせず、先輩達も 「おう!行くぞ、甲子園!」 「だから、甲子園は当たり前で、全国制覇ですよ」 「あっそうか!」 と場が和んだ。 その気にさせる打者が松原だ。 俺もコイツとなら、全国制覇も夢では無いと、この時は思っていた。 そして、次の日もまた次の日も、黒川さんは真剣に俺のトルネード投法のチェックをしてくれる。 足の踏み込む位置や変化球を投げる時の僅かなクセもチェックしてくれた。 耕太も教えるのは上手いが、黒川さんは同じ投手だけあって、細かい事まで教えてくれた。 本当に凄い、そして頼りになる先輩だ。 俺は、この先輩達の夢を絶対に叶えようと、一周懸命頑張った。 そして3月18日の練習が終わると 「黒川さん、本当にありがとうございます。 明日は卒業式なので、来れませんけど、明後日から、またよろしくお願いします。」 と頭を下げた。 「おう、待ってるぞ。エース」 なんか照れくささと、申し訳なさを感じる。でも、これで全国制覇の夢に、一歩進んだのは確かであった。
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