微睡みと記憶

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微睡みと記憶

「私が通るとお客様が奪われるって怖がってただけでしょ、臆病者」 少女はずいっと詰め寄ってくる。 「上の考えなんて知ったことではないな。金でもなんでもくれてやればよかったのさ。俺には関係ないことだ」 フン、と鼻で笑って返す。 「あら何よ強がって!」 「強がりはお前だ!」 ギギギ⋯⋯と睨み合う。 「こーらー!喧嘩するな!」 背後から少女をガシッと捕まえる、別の少女。 二人は瓜二つで、違う場所といえば目の色と髪の長さ。 「うるさいわね!あんただってあの性悪お嬢様とギャーギャーやってるでしょ?」 「し、性悪ってほどでも、ないもん!」 「否定するのそっちかよ!」 「ぴゃ!」 貧弱な少女の腕をパッと振りほどくと、もう一度だけこちらを睨みつける。 「覚悟してなさいよ、目にもの見せてやるんですから!ほら、行くわよ京王!」 「ひあっ!」 逆に捕まえられて、引っ張られていく。 「やれるものならやってみろ!」 負けてやるものか、と何度も心の中で繰り返した。 「⋯⋯ん」 パチッと目を覚ます。 部屋のソファの上だ。うたた寝をしていたらしい。 「珍しいな、懐かしい夢を見た」 「夢?」 近くの机で書類を整理している弟が、こちらを振り返る。 「どんな夢だったんだ?」 興味深そうに食い付き、尋ねる。 「楽しい夢さ」 もう戻らない日々に思いを馳せる。憎らしいあいつの顔を忘れたことは無かった。 「⋯⋯なんだ、その顔は」 「いや、柄にもないなって」 「それはそうかもな」 国鉄の主要路線として、その威厳の前に多くをひれ伏せた。 それが今は呑気に眠りこけて、昔を懐かしんでいる。 「時代が心を変えたのか」 「人間だよ、変わったのは。俺たちは戻っただけさ」 ペラペラと書類を見ながら、快速線はため息をつく。 「今は昔ほど人との関わりがなくなった。俺たちの仕事は指示されたとおりに電車を走らせ、人間の作った書類を整理するだけ。あと事故対応とか」 「⋯⋯そうだな」 もし奴らが利を追い求めず、認めていたら。彼女はもう少し長く生きていたのだろうか。 いいや、歴史に『もし』などない。認めるのは俺の方だ。もうあいつはいない。 「そのおかげもあって、俺たち、結構暇になったけどな」 「八王子でも行くか」 「え?」 「暇になっても、動かなければ体がなまって良くない。緩行線へのプレゼントでも買ってやればいい」 「なんか今日の兄貴機嫌いいな」 「良い夢を見たからだろう」 八王子は、あいつと初めて出会った場所だ。 帰ることはなくても、懐かしむくらいはいいだろう。 折りたたみの傘をカバンに入れて、出掛ける。どうせだし、電車にでも乗っていくか。 「⋯⋯なんでお前たちが乗っているんだ」 クリーム色の髪の少女は、昔よりも冷たくなった気がする。あいつに似たような気がするというのは、思い出が感じさせているだけだろう。 「別にいいだろう、金は払っている」 「ご利用ありがとうございます」 こう言うとすぐに満面の笑みに変わるあたりは、二人とも同じだった。
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