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家の前の、坂道を下る。海に続く坂道。この坂を下る時、いつも、夏へ落ちていくという気がする。ぬるいゼリーのような空気を、すぱんと切り分けるナイフになって、一直線に浜へ向かう、この感触が好き。自然に笑顔になって、夏へ飛び込んでゆく。
メッセージは健二郎からだった。幼なじみ、クラスメイト、お隣さん。健二郎を表す言葉はいろいろあるけど、しっくりくる言葉は見つからない。健二郎は、健二郎だ。
昔からよく、海で一緒に拾いものをした。貝殻、硝子、よくわからないもの。そして拾ったものを、健二郎が持ち前の器用さで、素敵な何かに作りかえてくれる。たとえばペンダント。たとえば写真立て。それが好きだった。
何が楽しいのか、本当は意味なんてないのかもしれないけど、とにかくいつだって浜辺にいた。それはつまり、私の夏休みにはいつだって健二郎がいたということだ。ずっと昔から。そしてきっと今年もそうなる、そのはずだ。
「けんじろー。来たよー」
私が浜辺に着くと、健二郎は座り込み、アクエリアスを飲んで一息ついているところだった。すでに、拾いものは一段落したらしい。
「遅いよ」
じっとりした目で睨んでくるけど、別に本気で怒ったり呆れたりしているわけじゃないのはお互い承知のうえなので、気楽なものだ。
「メッセージに気付かなかったんだよ」
「どーせ今まで寝てたんでしょ」
「…まあ、そうとも言うけど」
そうとしか言わないよ、と言って、健二郎は笑う。そんな表情は、夏の太陽によく似合って、キラキラした。
「僕なんかラジオ体操にも参加してきたっていうのに」
「うっそぉ」
「ほんとほんと。幼稚園の時から欠かさず行ってるし」
ラジオ体操とか、そんな早起き、信じられない。少なくとも私には無理だ。健二郎は笑ってアクエリアスの缶をその場に置くと、春子も来たし作業再開しようかーと言って伸びをした。
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