夏の空港

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 いつの間にか最初にいた椅子の場所に帰ってきた。だけど、そこにはすでに杖を持ったおばあちゃんが座っている。  他に空いた椅子がないか探すが、あいにくどこも埋まっていた。 「かつたくん、かつたくん。どうしたの」  椅子に座ったおばあちゃんが僕に向けて話しかけてくる。 「どれ、お菓子をあげようね」  おばあちゃんは巾着の中から飴玉を取り出して僕に差し出してきた。 「もう、おばあちゃんたらボケちゃって。はい。直しましょうね」 「かつたくん、大きくなったねぇ。いつぶりかしら」  おばあちゃんには悪いが、僕はきっとかつたくんではない。  だけど、おばあちゃんのしわくちゃの手を見ていたら思い出した。  僕にも優しいおばあちゃんがいた。白い髪の毛で、笑うといっぱい目じりにしわが出来て、遊びに行くとたくさんのお菓子を用意してくれていた。  八月初めにお盆にくる両親の前に、小学生の僕はおばあちゃんの家に行く。 僕はリュックを背負って、一人飛行機に乗っていた。手荷物検査の前に母親と別れ、空港で働くお姉さんに付き添われて搭乗口まで行った。最初は緊張していたものの、二度三度と回数を重ねるとずいぶん手慣れたものだった。  おばあちゃんの家は確か、九州だ。それも福岡。おばあちゃんの家の場所なら鮮明に思い出せる。 「かつたくん、嬉しそうな顔。なにかいいことあったの?」  椅子に座るおばあちゃんは僕のことを未だにかつたくんだと思っている。僕は会釈だけして、その場を後にした。どこか行く場所がある。それだけでも、記憶を無くした僕には嬉しかった。僕のおばあちゃんなら突然訪ねても歓迎してくれるに違いない。  目指すは航空会社のカウンター。福岡行きの空席はゼロだけど、キャンセルが出て乗れる可能性もある。  僕は首元にカウンターにいるスカーフを巻いている女性にすみませんと話しかけた。しかし、反応は無く手元の書類に集中している。聞こえなかったのかと思って、もう一度大きめの声ですみませんと言った。やはり反応はなかった。 「すみません」 「はい」  僕から後に来た男性にはすぐに反応を返す。まるですぐ横に僕なんていないかのように二人は話し出す。  おかしい。僕は何だか怖くなって、その場を離れる。  雑踏の中、きょろきょろと辺りを見回した。誰もかれも旅の出発の前で、浮かれているように見える。それを差し引いても、誰とも目が合わない。  道の往来で立ち止まっている男を目にしても、避ける様子すらみせない。だから、アロハシャツを着た男性と僕はぶつかるはずだった。  ふわっ  アロハシャツを着た男性とぶつかった瞬間、僕は空気に解けた。空気にバラバラになってすぐにまた集合する。人の形に戻ったのだ。  僕は心臓のあるはずの場所を押さえた。ドキドキ言っているはずの心臓はなんの鼓動も聞こえない。  そうか。僕は、幽霊なんだ。  そう思うと、ストンと腑に落ちた。だから、記憶もなくあんな場所に座っていて、荷物もなくて、誰の目にでも見えるわけじゃない。  あの黒い服の女性は霊能力者か何かだろう。いわゆる見える人。だから、幽霊の僕を見つけて早く帰りなさいと言ったんだ。  帰る場所。それはどこだろう。おばあちゃんの家は好きだけど、帰るべき場所だとは思えない。あそこは遊びに行く場所だ。幽霊になった僕が真っ先に行くべき場所だとは思えなかった。
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