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ああ、喉が渇いたわ。おはよう、目は覚めているかしら。
起きているよ。おはよう。外は曇りのうえに霧が出て、薄暗いよ。リリアが来るまでに、地面が渇きそうもないな。
残念ね。あら、もしかして私の寝ている間に、レスリーが昨日の手紙を取ったんじゃ……。投函口は、手紙が通る分しか蓋が開かないから、私が出られるのはお部屋に通じる扉しかないのに。
……扉は開かなかったよ。出られそうなときは、僕がちゃんと知らせるさ。
さあ、退屈だろうから、昨日の続きを聞かせるよ。リリアとレスリーがこの屋敷で過ごした、一夏のお話だ。
お願いね。二人は何をしていたの? ずっと絵を見ていたの?
レスリーが筆を執れば、リリアは隣でそれを眺めた。レスリーが芸術について熱く語れば、リリアは目を輝かせてそれを聴いていた。時間は充実するほど、速く流れるみたいだね。傍観者の僕でさえ、一日があっという間だったのだから、二人にとっては尚更だろう。日が傾き始めたことに気づくと、リリアはいつも「もうこんな時間?」って呟いて、窓から出る支度をしていたよ。
レスリーは、リリアを送り迎えしなかったのね。リリアを歓迎して、二人の秘密を守ってもくれる人は、いなかったのかしら。女の子一人、丘の麓とてっぺんを往復させるなんて、レスリーも心配だったでしょうに。
そのとおり、レスリーは馬車での送迎を提案したんだ。彼自身がたびたび出かけちゃ怪しまれるから、信用できる人を雇うと。丘の中腹で停まれば、屋敷の誰にも気づかれないって何度も勧めたんだけど、リリアは頷かなかった。
せっかくお金持ちの、優しい人に会えたんだ、僕なら甘えてしまうね。でも彼女は、レスリーがこっそり買い置きして出してくれる菓子を、部屋では喜んで食べても、余分に持って帰ることはしなかった。好きなものを買う方がいいかと、レスリーがお金を渡そうとしても、駄目だったよ。
おや、噂をすれば……。お嬢さん、天井にいるかい?
ええ。あ、手紙。リリア、今日は早いのね。ちょっとだけど、風が吹き込んで心地良かったわ。まだここに入って丸一日も経たないのに、動きのある空気が妙に新鮮。
私って我がままね。レスリーが貴方の扉を開けてくれるまでの辛抱なのに、もう耐えきれないような気がして……。
今の君には、楽しみが少ないからね。あの二人だって絵のことだけじゃ、いつまでも楽しくは過ごせなかったろう。実は絵と同じくらい、文字に時間を費やしたんだよ。
レスリーは夏が終わるずっと前から、家族が帰ってきた後、リリアと連絡を取る方法を考えてたみたいだ。で、思い付いたのが文通だった。僕が取り付けられた日、大工にたくさんお金を払っているのを見たよ。他言無用って、怖い顔をしてね。
彼はそれからすぐ、僕をリリアに紹介してくれた。リリアとサインのある手紙はここに届けてくれるよう、郵便屋に言い含めておく――家族にも、使用人にも知られないように、と。リリアは喜んだよ。夏の間だけと諦めていたらしいのに、レスリーの方はそうじゃなかったからね。
しかし問題が発覚した。リリアは読み書きができなかった。そして、手紙を届けてもらう家もないと言う。レスリーも僕と劣らず世間知らずなところがあってね。リリアの貧しさがそこまでとは、思い及ばなかったんだ。
それからはレスリー先生の習字教室さ。リリアは頑張って、すぐに字を覚えたよ。ただ、レスリーは絵は上手いが、字はちょっと……独特でね。彼の筆跡を真似るしかなかったのが、リリアには気の毒だった。
ふふ、お揃いの字が書けるなんて素敵じゃない。リリアは努力家ね。レスリーは、どうやって彼女に手紙を届けることにしたの?
彼が親しくしてた街の画材屋が、注文書と一緒に受け渡ししてくれることになったんだ。僕もほっとしたよ。画材屋の店主は親切だった。この部屋への納品の折にリリアにも会って、レスリー宛ての手紙も預かって届ける、ついでなのだから郵送料も不要だと言ってくれたよ。
でも……リリアは自分で、ここに来るじゃない。
そうだね、その理由について、はっきり見聞きしたことはない。だがその答えは、二人がこの部屋で過ごした最後の日のやりとりに、隠れていたと思う。
家族が戻る一日前、レスリーが、服と靴を一揃い贈りたいと申し出た。また何度か個展を開く予定がある、君にはぜひ来てほしいからって。
リリアは受け取らなかったでしょう? 彼女、もっとレスリーを頼ってもいいわよね。その方がレスリーも喜びそう。
僕も同意見だ。だが彼女はあの日、レスリーを心底喜ばせたよ。別れ際、贈り物を断ったことを詫びつつ、代わりにお願いをしたんだ。真似すると、こう。「次の夏、またここで、貴方の絵と――貴方に、会わせてください。……私、とんでもない我がまま娘でしょう?」 ……二人とも、頬が夕焼け色だったな。
人間の頭の中って、ややこしいわね。ええと、リリアにとって、魅力的だったのは、絵だけじゃなくて……?
ごめんなさい、楽しく喋りすぎて、喉が渇いてしまったの。貴方は大丈夫? 話しっぱなしで、疲れていない?
僕は問題ないよ。喉も乾かないし、お腹も空かない。君はそうはいかないから、気兼ねせずにお休み。
また、明日。
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