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まあ、たった一度、子供の頃に出会っただけだからそれで当然か。男の方もこうして面と向かっていても心当たりがないのか、紫月を見て何かを思い出すとかいった素振りは見られないようだ。
「あの……僕は柊……、柊倫周といいます。この春から横浜白帝学園の高等部に入学したばかりの一年生です……」
白帝の生徒だということは彼の制服姿で理解できていたわけだが、消極的ながらもぺこりと頭を下げながらそう自己紹介をした彼に、遼二と紫月の二人も安堵の心持ちでいた。
先程、隣のおやっさんから聞き及んだ”虐待”を受けているかも知れない彼が、とりあえずは身元を隠したいふうな感じでもない様子にホッとしたというところである。この際、もう少し彼の気持ちを解すべく、しばらくはたわいのない会話を試みることにした。
「倫周――か。変わった名前なんだな」
紫月が柔和な声音でそう問えば、
「あ、はい。パパ……いえ、父が付けてくれた名前……なんです」
意外にも素直に会話に応えてくる。いい兆候だ。
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