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「貴彪は…まだ来ないか」
「総帥、貴彪様は、ご到着に少し時間を要しているのかと」
父が現れる15分前には待機しておくのが、ボク等の暗黙の了解だ。
かわいそうに、車椅子を押してやる部下さえ、貴彪にはいない。
現にアイツの守役だった男までが、今、ボクの後ろに控えているのだから。
だから遅れているのだと、ボクは思った。
それよりボクには、父の声が幾分無念そうに聞こえたのが気にかかる。
まさか、父はボクがいるにもかかわらず、貴彪のことを惜しいと思っているだろうか。
ボクでは頼りないと?
そう考えているのだろうか。
彼を待つ間、そんなことばかりが気になった。
「…総帥、そろそろ時間です」
後藤田は、発表の時間の1分前にそれを告げていた。
発表は、ごく内々に、書斎のような密室で行われる。中にいるのは、父とそのごく側近の部下、そしてボク達子どもの側近達。
冷静沈着な彼が、その時はほんの少し焦っているように感じたが、誰も彼に、異議を唱える者はなかった。
「…うむ、仕方がない。では、これから仮にこの家を継ぐ者として、ワシに付き従い、ワシとともに学ぶのは、貴彪、将馬のどちらかを発表する」
父が、勿体ぶって話始めると、皆が固唾を飲んでそちらを凝視した。
この緊張感がたまらない。
いつもこうだ。緊張すると、途端にお腹が痛くなる。はやく、はやく終わってくれ…!
「お父様、遅くなって申し訳ありません」
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