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名前を告げるため、父が口を開きかけた時だった。
まるで、タイミングを計ったように、貴彪はボク等の前に現れた。
「貴彪…お前…」
父が、いや、父だけでなく、ボクを含めた、部屋にいた人間全てが、目を丸くして驚いた。
貴彪は、ちゃんと自分の足で立って、歩いてこちらまでやってきた。
たくさん巻かれていた包帯も、もうひとつもしていない。
「皆様にも、お待たせして申し訳ありません。…まあ、この様子だと“待っていた”ようには見えませんが」
彼は、いかにも芝居がかった調子で、恭しく頭を下げた。
「…貴彪、これは一体どういうことだ」
父の声が厳かに響く。
皮肉な笑みを浮かべつつ、貴彪が口を開きかけると、後藤田があわてて父に言った。
「総帥、お気持ちはわかります。
貴彪様はお体を悪くされたと皆が聞いておりましたので、我々も少々驚いております。これは一体何の冗談なのかと…
ただ、皆が待っておりますので、今はまず、発表の方を。
貴彪様の追及は、それからでも遅くは___」
「黙れ!」
父に一喝され、後藤田はさっと黙りこんだ。
父が貴彪の方を向き、顎で促すと、それを待っていたかのように彼は話を始めたら。
「お気遣いをありがとうございます、お父様。
僕がこんなことをしたのは、別にふざけているわけでも、皆をびっくりさせて喜んでいるのでもありません。
これは、僕の命を守るため_____」
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