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「そう言えば、どうして昨日は私に気づいたの?」
一瞬何を言われているのかピンと来なかったらしい石堂は、少しの間の後「あぁ」と笑って言った。
「すれ違うまでは気づかなかったけど、すれ違う瞬間、華原の香りがしてさ」
「私の?」
「俺、けっこう好きなんだよね、華原がいつもつけてるその香水」
「あっ、そう……」
きっと、石堂には何の下心もない。ただ純粋に、紫がつけている香水が好きなのだと、そう言っただけだ。
それなのに、なぜか顔に熱を感じた紫は、相手に気取られないようメニューに手を伸ばした。
(おかしい。何で私、石堂相手にドキドキしてるの? 深い意味なんてないんだから……!)
パラパラとメニューを捲るスピードも速くなる。
そんな紫の葛藤に石堂は全く気づく様子もなく、先に注文していたつまみを呑気に食べていた。
本当に、先ほどの言葉には深い意味がないのだろう。
もちろん紫も、石堂に「深い意味」なんて求めていない。
とは言え、さっきの言動に少し動揺したのは確かで、自分だけ振り回されているような気がして、ちょっと悔しくなる。
石堂のことも、少し振り回してやろう。
「そう言えば、昨日一緒にいた女の子、石堂に気がありそうだったわね」
後輩と思われる昨日の女の子は、きっと石堂と紫の噂を知っているのだろう。
だから、あんな視線を紫によこしたのだ。
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