1章 ただの同期です

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「華原、落ち着け。それと、栗山。残念ながら俺も華原も、お互いをそういう対象で見てないんだ。だからもちろん、答えは“ナシ”だな」 「嘘つくなっての!」 「ついてねぇよ。俺、別に女なら誰でもいいってわけじゃないんだけど。そんな見境なく女にサカったりしないって」 「どの口が言うか!」 「こう見えて、好きな子には一途だし」   それには紫も冷ややかな視線を送る。 嘘をつくな、嘘を。 「今はたまたまそういう相手がいないだけで、彼女がいたら浮気とか一切しないタイプよ、俺は」 胡散臭い、とばっさり斬って捨てると、石堂はげらげらと笑った。 「そろそろ戻らない? 昼休み、もうすぐ終わるよ」 紫の言葉に、聡子はまだ納得していない様子で渋々と立ち上がった。 コーヒーカップを返却棚に戻し、三人連れ立ってエレベーターを目指す。その間も、聡子は追求の手を緩めはしなかった。 「石堂くん、絶対おかしい」 「まだ言ってるよ」 「紫みたいな美女と夜を一緒に過ごせば、男ならムラムラってくるのが普通じゃない? それなのに何にもって……あ、もしかして、石堂くん……」   聡子の表情が見る見るうちに、哀れむような、痛々しいものを見るような、なんとも言えないものに変わる。 さすがの石堂も、もう彼女を相手にする気はないようだ。   シカトされたー! と不満を漏らす聡子を無視して、石堂が紫に向き直る。 「華原、今日定時で上がれるなら、買い物付き合ってくんない? 来週姉貴の誕生日でさ、プレゼント選ぶの手伝ってよ」 「うん、いいよ。その代わり、一杯奢ってね~?」 「本当にギブアンドテイクだな、お前って」 「もちろんよ。貸し借りナシ、の方がお互い気が楽でしょ?」 「まぁな」   手前のエレベーターホールで、石堂とは手を振って別れた。   昼休み中は社員の混雑を避けるため、職場の階数によって使用するエレベーターが異なる。三人の中では、石堂だけが唯一奥側のエレベーターなのだ。   石堂と別れ、ほっと一息ついた紫の腕を、聡子が相変わらずにやついたまま小突いた。
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