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勝敗
三河も瞬時にキングに向かって銃を構える。盤上の全捜査員が、敵の駒を制圧する。
この命がけのゲームにようやく気付いた雑踏が、悲鳴を上げて逃げ惑う。
「榎本洋子。何もかも、お前の負けだ」
榎本め。中折り帽を被ったまま、まだ顔を上げない。
俺は強引にキングの手に手錠をかけ、帽子を払い飛ばした。
急激に息を吸って、硬直する。
キングは、彩奈だった。
「善治さん……」
彩奈が泣きそうな目で隣を見やる。
彩奈の隣にいたクイーンがローブを翻し、彩奈に銃を突きつけた直後だった。クイーンはつば広帽を投げ捨てた。
クイーンこそが榎本だった。
そうだ。キングは司令塔の榎本だというのはただの思い込みだった。俺自身がポーンだったように、司令塔がキングでなければならないルールではなかった。
榎本洋子。年老いた老婆のような、悪い魔女のような顔をした女。
「君は勝負には勝ったが、我々の真の目的には気付けなかった。我々の目的は最初から、君たちの駒を奪うことだったのだ」
俺はその意味に気付き、己の鈍感さに愕然とする。
俺のチームのメンバーを榎本が指定してきたときに、気付くべきだった。
俺の駒は、全員が警察の人間ではなかった。
彩奈が榎本に連れ去られたあの日、俺たちも榎本の構成員を複数名確保していた。組織を揺るがす重鎮だった。そいつらがメンバーに含まれていたのだ。
俺が真の仲間の身の安全を優先し、所詮は敵である人間を対局での捨て駒に割り当てるのは自然な流れだった。榎本はそれを狙っていた。
彩奈をキングにしていた時点で、榎本はチェスに勝つ気はなかったというわけだ。
「チェスの何十手先を読む才能はあっても、人の考えを読む才能はなかったな」
口を斜めに歪めて目を見張る榎本の嫌味な表情に、腹わたが煮えくりかえる。
「とはいえ、チェスに勝ったのは君だ。私から君たちに危害を加える権利はない。盤上の人質は解放する。ただし、頂いた駒はそのまま持ち帰らせてもらう」
「なんだって?」
取られた駒には杉村が含まれている。「杉村は関係ないだろ!」
「あれも我々が奪った駒だ」
榎本の構成員が、暴れる杉村の腹を殴って気絶させる。
「おい! 榎本!」
発砲することを考えたが、銃を構えた先に人ごみがあった。これが歴とした警察と犯罪組織の対立であり、向け合っているのが本物の銃やナイフだという状況を理解できていない連中が、距離置いたところから様子を伺っていた。
「またの対局を、楽しみにしている」
杉村を担いだ構成員と榎本の列が、人ごみを切り裂いて悠々と去っていく。
俺はその後ろ姿を黙って見ながら、形成逆転の手を何十通りも考えていた。
榎本たちが人通りの少なくなる脇道へ入るのを確認してから、俺はビルの屋上に待機させていた狙撃犯に連絡した。
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