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圧倒的な戦力差
三河、d4へ。
三河がなかなか動かない。
『そんなことしたら、e4のナイトを取られてしまいます』
ナイトを取られたらどうなるか。味方の駒はポーンとキング以外に、クイーンとルークとナイト一体ずつだけになってしまう。それに対して相手はクイーンにルーク二体、ビショップニ体。これは確かに圧倒的な戦力差である。
クイーンやルークのように戦力が高い駒を持っていたほうが、チェックメイトには有利である。そもそもポーンやキング以外の駒が少ないと、チェックメイトに導くのは難しい。我々が後者の状況になろうとしていることは否めない。
俺は三河を見た。大きなつばの下から覗く三河の目は、如何にも不安げだ。
大丈夫だ。絶対に勝ってみせる。
勝って、城田を取り戻してみせる。
城田とは、三河の同期の女性刑事のことだ。半月ほど前に榎本の組織と争ったときから、榎本に捕まったままだった。
城田彩奈。俺の恋人でもある。だから、負けるわけにはいかない。
敵のチームのメンバーは俺が決めていいと言われていた。だから彩奈も指定した。無事であることの確認のためだ。
取った駒の中にまだ彩奈はいない。残りの敵の駒も、ポーン以外は全員が体型の分かりにくい厚着で、帽子を深く被っているせいで顔が分からない。
ただ大事なのは、勝負に勝つことだ。そうすれば、自ずと彩奈を取り返すチャンスは巡ってくる。
三河は徐に、俺の指示したマスへ向かって歩いた。
二十五手先行、『bxc3』。これでまたナイトが取られた。
ここから、俺が動き出す。
bxc3。ナイトを奪ったポーンを俺が押し出す。
『Ba3』
Rb8+。チェック。
『Qb3』
Qd3+ 。チェック。
俺の隣に来た三河が、勢い良く俺を見たのが分かった。三河、お前にしては気付くのが遅いんじゃないか?
『Kc1』
Qd2+。チェック。
『Kb1』キングが右往左往しても、今更もう遅い。
すべては、杉村を使って大勝負に出た十八手目で決まっていたのだ。
c2+。俺が前進する。右斜め前にいるキングを睨む。チェック。
『Kb2』
c1=Q♯。一番奥のマスまで進んだポーンは好きな駒に変わることができる。このチェス特有のルールをプロモーションという。
ポーンからクイーンへ昇格した俺は素早く振り向き、キングに銃を向けて叫んだ。
「チェックメイトだ!」
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