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まなざし 2
これが街、これが人ごみか。
わたしの横を老若男女が歩いていたが、おぼつかない足取りでさまよう女性に目を向ける者は皆無だった。ひとこと「助けて」と叫べば、そのまま屋敷での暮らしから解放されたのかもしれない。だが主の支配下にあるわたしには、叫ぶことでなにか取り返しのつかないことが起きそうで、声を上げることすらままならなかった。
そんな中、ふと視線のような物を感じて立ち止まる瞬間があった。思わず目を向けた先には穏やかな顔の青年がいて、やはり立ち止まってわたしの方を見ているのだ。
誰だろう。わたしに目を止めてくれる人がいるなんて。
一瞬とも永遠とも思える沈黙ののち「彼」は突然、くるりと身を翻すと口を開きかけたわたしの前からあっと言う間に姿を消したのだった。
言えばよかった。「助けて」と言えばよかった。
我に帰った途端、不安に襲われたわたしは、その場で向きを変えると一目散に屋敷へと舞い戻った。結局、ささいな変化から私の脱走は「主」の知るところとなり、きつくお灸を据えられる羽目となった。ところがそれから一月後、支配者のもたらす恐怖を振り切るかのように、わたしはまたしても屋敷を抜けだしたのだった。
淡い期待を抱いて再び雑踏に紛れ込んだわたしのまえに、またしても「彼」があのまなざしとともに現れた。わたしはあらかじめ予期していたかのように「彼」のまなざしを受け止めると、助けを請う言葉を投げかけようとこころみた。だが、今度もわたしが声を発する前に「彼」は身を翻し、わたしの前から姿を消し去ったのだった。
この次は、絶対に声をかけよう。
主の鬼の形相を思い返しながら、それでもわたしは人ごみの中から自分に向けられるまなざしの吸引力に抗うことができずにいた。
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