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防犯の為の街灯くらいしか灯りのない、田舎の暗い夜空に銀色の月が出ている。
満月に差し掛かる前の、まろやかに丸みをおびて膨らんだ上弦の月。
「おや、今夜も良い表情ですね」
機嫌よく一人そう呟くと、盆に乗せた硝子の徳利と猪口を足元に下ろし、甚平を端折って足を組み座る。
開いたガラス戸を通り、過ごしやすくなってきた晩夏の涼しい風が吹き込んでくる。
ゲリラ豪雨をもたらした雲はすっかりこの風に流されて、傷1つない御影石のような夜空が庭の塀の上に広がっていた。
近所の飼い犬の遠吠えが時々聞こえるだけの、静かな夜。
9月の節句を迎えた自宅の縁側でごろごろしながら、仕事を忘れて一人、のんびり月見酒と洒落込むなんてのもたまにはいい。
古くなった縁側の木の床に、ころんと横になって月を見上げた。
虫が寄り付かない、アウトドアLEDランタンの橙色の灯りだけが目の端で揺れる。
一応、持ってはきたが、酔いが回れば多分読まないで終わるだろう文庫本が二冊。
── ふと、急にガサガサ風とは別に枝が揺れる、無粋な音が鳴る。
「月に叢雲花に風」
やれやれと重い腰を上げ、下駄をつっかけて縁側を降りた。
思った通り、伸び放題な庭の低木奥に、仔猫みたいなふわふわ柔らかい茶髪が見え隠れしている。相手がチラッと様子を窺うために頭を上げた時、バッチリと目が合う。
「あー……えっと」
「その毛並み。もしかして幾月くんかな」
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