月に叢雲 花に風

2/15
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
最近のことだ。 時折、庭の片隅やら、近所のスーパーの食品売り場で、ちらちらとこちらを伺う、可愛らしい顔の子猫を見かけるようになったのは。 「幾月くん、そんな所に隠れていないで、こっちに来て座りなさい。 まったく。親御さんが心配しますよ。 こんな夜更けに出歩くなんて。 今、温かいお茶を淹れますから、それを飲んだらお帰りなさい」 僕が手を招いて言う。 「入れて頂けるのですね! 感謝感激雨あられ。ありがとうございます。 あ、でもすぐ帰るのは。 それは困ります。ボクは仮にも、先生のストーカーなんですから。 先生を追いかけて、憧れの先生にいつか自分の小説を読んでもらい教えを賜る。 その日までボクは、先生のおそばを離れる訳にはいきません」 ほっそりした身体の侵入者は、庭の低木の枯れ枝を引っかけながら、がしゃがしゃ縁側まで来る。 普通、こんな夜更けに、他人の家の藪に隠れてコソコソ中を伺っていたら警察に通報されても文句は言えないところだが。 ましてや、まだ若くて作家志望なのに、日本語が古風というか素でヘンな話し方をする。 まあ僕はあまり常識的な人間じゃないし。 単純に面白そうだし、盗られて困るような物も特に無いから好きにさせているが。 ちょこんと縁側の木床に正座した、可愛らしいことを言う自称ストーカー幾月くんは、自前の零れ落ちそうな大きな目で、じぃっと僕を見上げると。 「本当に一体どうしたら、先生みたいに素晴らしい小説が書けるのでしょう」 形の良い唇で、ほうっ、と砂糖菓子みたいに小さな溜息をつく。 さすがにここまで心酔されると、普段は呑気な僕でさえ舞い上がりそうなほとに嬉しいけれど、なんだかむず痒くなってしまう。 現金なもので、多少意図不明な奇行の数々も、こんな言葉ひとつで、まるでその全てが子供の可愛らしい悪戯のようで好ましく見えてしまうのだ。 だから、つい好きにさせてしまう。 頬が赤くなって、涼やかな硝子の猪口(ちょこ)から日本酒をちびり飲み込んだ。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!