月に叢雲 花に風

3/15
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
「まあ推理小説がたまたま1本当たったお陰で、今は文系の専門学校で一応、教師みたいなことをやって居られるけどね。 結婚もしないで、親から譲渡して貰った家賃なしの実家に住んで、いい歳してまだベストセラーの夢を追いかけてる痛いオトナなんて。 キミみたいな若い子の言葉では【ニート】って言うんでしょう」 「自分を卑下なさらないで下さい! まだ36ですよね。先生は若くてカッコいい。 あんなに素晴らしい小説を上梓出来る、才能に溢れたとても素敵な男性です。 ボクはその人間性も含めて、先生に深い憧れを抱いているんですから」 「…………ぶっ」 日本酒を吹いて、慌ててティッシュで拭う。 ── 幾月くんの賞賛は、本人に悪気が無くても大体リアクションにひどく困る。 「先生。執筆で何か辛いことがあったのかも知れませんが、ボク達ファンは先生の新作なら時間がかかっても、ちゃんと待ちますから。 安心して下さい。 ボクに何か出来ることはありますか。 ボクなんかでお力になれることがあれば、何でも言って下さいね。 ボクは、先生のお力になれるのなら、喜んで何でもしますから。 先生の為なら、使いぱしりでも、肩もみでも、裸踊りだってボクは平気なんです」 「……相変わらず、キミの誠意がおかしな方向に驀進(ばくしん)している気がしないでもないけど。 真面目な顔をして、安易にそんなことを言うものではありませんよ。幾月くん」 僕がそうたしなめて、再び縁側のひんやりした床に寝転がる。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!