蟋蟀

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小学校低学年の理科の授業のカリキュラムには昆虫採集が入っている。私の小学校の裏には森林公園があり、そこで各々好きな昆虫を採集して、虫かごで飼育、観察をし、昆虫を通じて生き物に対する理解を促すことが目的らしい。 私達は理科の時間が始まるなりに担任教師を先頭にし、親鳥に付いていくカルガモだかひよこの様に並び歩く。虫取り網片手に虫かごを肩がけにしてステレオタイプの昆虫採集スタイルの行列は今では中々お目にかかれないだろう。 公園に到着した私達は虫取り網を振っていくが中々採ることが出来ない。野原にひとクラス丸ごと、それも低学年のワイワイガヤガヤと騒がしいガキどもが来るのだから虫も逃げて当然だろう。私達は逃げ遅れた昆虫を捕まえていく。 「やっと捕まえたよ」 私は運良くトノサマバッタを捕まえることが出来た。野原の上でぴょんぴょんと高く飛び跳ねる姿をみて行けると思ったが、やつは保護色を活かして身を潜めることで私の虫取り網を嘲笑うように回避し続けた。だが、迂闊にも野原とアスファルトの切れ目を跳んだことが命取り、ねずみ色のアスファルトに唯一輝く緑色の躰、丸見えだ。私はニヤリと悪い笑顔を浮かべながら虫取り網を振り下ろし、網の中に入れた。トノサマバッタは往生際が悪く網の中をぴょんぴょんジタバタと飛び跳ね動き回り、虫取り網の中より逃げ出そうとする。私は頭部と腹部に挟まる硬い胸部を親指と人差し指で優しく摘み、虫かごに放り込んだ。 虫かごに放り込んだ後は観念したのかおとなしく虫かごの中を軽く飛び跳ねていた。 「わぁ、大きい。トノサマバッタだよね?」 こういうのは同じクラスメイトの女子、家が近所の幼馴染で、私が好意を抱く女の子だ。私が彼女に好意を抱くようになった理由は「優しくされた」からだ、今となっては何を優しくされたのかは覚えてない遠い記憶。とにかく、私の幼き時期の初恋の相手である。 「あたし、まだ一匹も捕まえられないんだ」 「そうなんだ。一緒に探そ?」 私は下心を出した、一緒に探せば気に入ってもらえるし、一緒にいられるし、あわよくば私のことを好きになってもらえるかもしれない。 私は彼女と一緒に虫を探した。私としては好きな子を隣にして一緒にいられるだけで至福の時間であった。 「あ、コオロギ」 緑の野原に黒点のように浮かぶ虫、彼女はその姿を見つけるなりに虫取り網を振り下ろした。靴の高さ程の低い草の上に乗っていたそれは彼女の虫取り網の中に入った。 彼女は虫取り網をひっくり返してコオロギをひょいと摘み、虫かごの中に放り込む。 コオロギは虫かごに入るなりに「ころころころー」と鳴き始めた。 「まぁ可愛い。コロちゃんって名前にしよっ!」 女の子は虫があまり好きじゃないと聞くが、小学校低学年ともなればまだ気になる段階じゃないのだろう。彼女は虫かごを顔の前に持っていき笑顔で中にいるコオロギの姿を眺めていた。 クラス全員が虫の捕獲に成功した。ショウリョウバッタ、アゲハチョウ、カナブン…… バリエーションは様々だ。
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