蟋蟀

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翌日、私が寝坊して班の集団登校から少し遅れて学校に行くと、彼女は机の上に置かれたコオロギの入った虫かごを一人眺めていた。 そして、笑顔で言う。 「コーロちゃん」 彼女がコオロギに声をかけると「コロコロコロー」と返事をするように鳴き出した。そしてぴょんぴょんと飛び跳ね、昨日入れた餌のナスの切断面の上に乗り、再び鳴き出した。 「好きなんだね、コオロギ」 「うん、大好き。コロコロ鳴くのが可愛いじゃない」 現代に蘇った虫愛づる姫君と言った所か。と、今にして思う。当時の幼い私は「あんな虫けらにも優しく出来るなんて変わってるなぁ」と、言った感想しか持たなかっただろう。昔も今も発想としては似たようなものである。それを差し引いても彼女が優しい人間であったことと、可愛いことで「好き」と言う気持ちは変わらなかった。 その日の授業中、コロちゃんが鳴き始めた。担任教師は昆虫学者志望だったせいか、この手の鳴き声にはなれているようで普通に授業を進行する。だが、クラスのガキ大将はその鳴き声で授業に集中出来ずに苛立っていた。ガキ大将の割に真面目なのはこの際に気にしないで貰いたい。 「おい! お前のコオロギうるせぇよ! 勉強に集中出来ないじゃないか」 「何よ! 虫が鳴くのは仕方ないことじゃない! コロちゃんは悪くない」 コオロギは本来、夜鳴く種である。だが、秋が深まり気温が下がると日中でも鳴くようになる。 彼女とガキ大将の間に禍根が生まれた。その禍根があんな大事件を引き起こすとはこの中の誰もまだ知らない。 翌日、彼女は学校を休んだ。秋が深まり急に気温が下がったことで軽い風邪を引いたとのことだった。私は同じ登校班と言うことで会う機会があり、彼女にコロちゃんの世話を頼まれた。 「コロちゃんのナスがボコボコで腐りかけてたから、このキュウリに変えて欲しいの」 彼女はビニール袋に入れられた爪楊枝の刺さったキュウリを私に託した。 「分かった、いいよ」 「ありがとう」
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