蟋蟀

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翌日、私は登校の班で彼女と一緒になった。 彼女は私の顔を見るなりに「コロちゃんに餌上げてくれた?」と、笑顔で尋ねた。 そのコロちゃんが餌になってしまったなんて残酷なことは言えない。私は適当にごまかしつつ通学路を歩く。 私は自分で取ったトノサマバッタをこっそりと逃していた。ガキ大将にカマキリの餌にされたくないと思い、昨日の授業終了後に虫かごを持って運動場隅の野原に優しく放した。 ショウリョウバッタを食べられてしまった友人は担任教師に密告(チク)ったが、ガキ大将は何のお咎めも無しだった。昆虫学者志望の担任教師故にこの辺りのことは麻痺していたのだろうか。 ちなみにその友人はガキ大将の「面白いことしよーぜー」の一言に考えもなしに同意しただけである。まさかあんなことになるとは思わずに自分の席で泣き崩れていたとのことだった。 彼女は教室につくなりに自分の虫かごを手に取る、だが、中には何もいない。 彼女はクラスの皆に尋ねた。 「あたしのコロちゃんはどこ? あの子がいないの!」と。 そこは空気を呼んで「逃げた」ことにすればその場は丸く収まるが、まだ子どもだった我々にはそこまで頭が回らなかった。 だが、真実を伝えることは酷いこと。 と、いうことはなんとなく分かっているのか皆、口を噤む。 あいつを除いては…… 彼女はガキ大将にコロちゃんの行方を尋ねた。ガキ大将はカマキリに家から持ってきた鶏肉の欠片をカマキリに与えていた…… ガキ大将はぽいと鶏肉を虫かごの中に入れながら悪びれもせずに言い放った。 「あ? オメーのコオロギなら俺のカマキリに食わせちまったよ」 彼女はその場に蹲り泣き出した。教室に彼女の慟哭が響き渡る。 ガキ大将はそれを呆れたような目で見下ろした。 「何だよ…… たかが虫ぐらいでびぃびぃと…… コオロギなんてゴキブリと似たようなもんでいくらでもいるんだからまた取って来ればいいじゃねぇか」 ガキ大将は一切悪びれない。 彼女は教師に泣きながら密告(チク)りを入れた。すると、その日の理科の授業は特別なものとなった。 「食物連鎖と言うものがあります。草は虫に食われ、虫は動物に食われます、動物も死ねば土に帰り草となります、これが生き物の決まりなんです。私達人間もその食物連鎖の一員なのです。弱い者は強い者に食べられます、だからと言って弱い者を食べる強い者を恨んではなりません、それが生き物の決まりなのです」 私達には難しい話だった。だが、ガキ大将がカマキリに虫を食べさせるのを見ていた私達には、なんとなくではあるが理解(わか)る話だった。 彼女はずっと泣き止まなかった…… 食物連鎖の理解よりもただただコロちゃんが可哀想と言う気持ちの方が上回っているようだった…… 余談ではあるが…… 彼女の通信簿には「死んだコオロギの為に涙を流せるやさしい子です」と書かれている。 彼女はそれ以降登校拒否気味になった。コロちゃんが食べられたことがトラウマになっているのだろう。 結局、普段通りになるまでに半年以上の歳月を費やした。その過程で過食症になったのか肥満気味の体型となっていた…… そして彼女は翌年の夏休みの自由研究で「カマキリのいき方」をテーマに発表し、市の子どもたちの自由研究コンクールで優秀賞を取得した。 その内容を一部抜粋しよう。
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