4人が本棚に入れています
本棚に追加
恋に生きる人と笑わない豚
俺は笑うと豚の鳴き声を上げる。それは多分体型のせいだが、俺は決して痩せようとはせず今日まで生きてきた。
最初のうちは声を上げずに笑おうと努力したけれど、面倒になって笑うこと自体をやめた。
すると、いつの間にか猫背でいつも俯いている暗い人というレッテルが貼られてしまった。――レッテルというか、まあ事実な訳だけど。
でも、それは中学までの話だ。相変わらず猫背で俯いて人間の顔を見ないようにする生き方をしているが、今はどう思われているかは自分と関わる人間が少なくてわからない。
今日もまた、俺は高校へ向かうために駅のホームにいる。
駅のホームには色々な人間がいるが、今の時間帯の殆どが学校や会社に行くためだろう。――それ以外でここに来る人間はそういない。
「おはよう」
女が心底嬉しそうな顔で俺に駆け寄ってきた。彼女は「今日も会えたね」と声を弾ませて微笑む。
彼女は恐らく美人って言ってもいい存在だろう。
俺と同じ年だから美少女と形容すべきだが、彼女には美人という言葉がよく似合う。
背は俺より高く脚も長い。ファッションショーとかを見るわけじゃないが、モデル体型とはこういうことをいうのだろう。
体型に負けず、顔立ちも綺麗だ。艶のある長い黒髪と色白の肌とのコントラストに、健康的な赤い唇が良いアクセントになっている。
彼女の制服が黒いセーラー服なこともあってか、全体的な印象は黒色だ。
けれど、暗さよりも華やかさを何故か感じる。それは元来の彼女の纏う雰囲気から来るものなのだろう。
そんな彼女がどういう訳か俺に惚れている。これは自惚れなんかではなく、唐突に電車待ちのホームで告白してきたから間違いない。
彼女は別に幼馴染だった訳でも、俺が何か助けてやったりした訳でもない。そのうえ学校が同じだったことはない、全くの初対面だった。
俺は名前も知らない彼女の告白を反射的に振った。
それなのに、未だに彼女は俺に付き纏ってくる。
――現時点で考えられる可能性は彼女がデブ専だということだけだ。
「痩せようかな……」
そう考えて、俺は小さく呟く。
「いいね。君ならもっとかっこよくなるよ」
「――やっぱりやめとこう」
「それもいいと思う。今の君も素敵だから」
何なんだ、この会話は……。いつも彼女は肯定しかしない。はっきりと言うと、かなり居心地が悪い。いつも会話らしきものをしながら、早く電車が来ることを祈っている。
彼女の通う高校はちょうど俺の高校とは反対方面にある。
だから、当然乗る電車も別々だ。しかも、彼女の乗る電車は線路を挟んだ向こう側のホームに着く。
彼女がここにいるのは俺に会うためだけなのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!