恋に生きる人と笑わない豚

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 彼女は「だから、安心して?」と何故か俺に微笑みかける。俺が安心する要素が何処にあるのだろう。 「きっとね、向こうは私を友達とすら思っていなかったの。持て囃しながら物のように扱いたがっていたんだって光るナイフを見たとき確信したわ」  彼女は俯いて唇を噛む。 「なのに、彼の友達はあの事件を私のせいだと思っている」  なんとなくスキンヘッドがどういう人間なのかわかった。きっと直情的で主観的な視野の狭い人間だ。 「向こうは好意を弄ばれたと思っているんだろう。だからって刃物を持ち出していいって訳じゃないが」  ただ、友人になると何が何でも味方になってくれる人間でもある。 「――彼の感情は好意だったのかしら」  彼女は明らかに不機嫌になって、不服そうに呟いた。 「綺麗なことはそれだけで何かしらの好意を抱かれて、醜いとそれだけで蔑まされるから」  俺はただ持論を述べた。どんなに表向きに取り繕っても、これは変えられない大衆の事実だ。俺は身を持ってそれを体験してきた。  彼女は目を丸くする。 「綺麗だと持て囃すことと醜いと蔑むことに、何か違いはあるの?」 「――あり余るほどあると思うけど」 「そう? 私には違いなんてないと思うわ」  いつも肯定しかしなかった彼女が初めて俺に異論を唱えた。  俺はそれに面食らいつつも、少しだけ安心した。スキンヘッドの言葉はただの向こうの勝手な思い込みの可能性が高いと思えたからだ。  正直に言うと、俺を肯定し続ける彼女はとても不気味だった。スキンヘッドの『壊される』という言葉に重みを持たせるくらいの力があった。  俺に不満を抱く彼女の姿を見ると、少しだけそれが軽減される。  だけど、軽減されるだけで完全に消え去る訳じゃない。何故、彼女は俺に付き纏うのだろう。  俺のあだ名は言うまでもなく豚だ。体型と笑って鼻が鳴ることと、布田(ふだ)という名字が相まって定着してしまった。  醜いものは蔑まされる。そう考えるようになったのは周りからの扱いのせいだ。  周りにとって俺はからかいやすさの塊のような存在だった。  事あるごとに『ブタ、ブタ』と呼ぶのは当たり前だったし、俺が何か失敗すると『人間じゃなくて豚だからしょうがない』と蔑んで笑いのネタにもされた。意味もなく叩かれたりもした。罰ゲームとして俺に告白するとかいうのもあった。  この罰ゲーム、誰にでも優しいように見えた女子にやられたときはかなりきつかった。その女子は見てくれは可愛かった。俺は密かに好意を抱いていて、この出来事で幻滅して失恋をした。  だから、俺は告白されるのが怖い。告白の言葉が全て嘘に思えて、告白をしてきた彼女もとても胡散臭く感じる。  スキンヘッドの警告を聞かずに今日もまた駅のホームへ来た。  今のところ、高校で『ブタ』と呼ばれたことはない。良くも悪くも、皆が他人に無関心だ。 「おはよう。今日もまた会えた」
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