1.始まりの悪夢

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1.始まりの悪夢

「俺を恨まないでくれよ。龍神様.......」  空の更に上の天高く。人が本来居られるはずもない場所に鈍く光る甲冑に身を固めた男がいた。両手で握られたのは両刃の大振り。  男は目の前に眠る怪物なにかを眺めていた。その身体は小刻みに震え、大振りのそれは柄のあたりからカタカタと金属的な音を響かせる。  真っ白な鱗、真っ白な翼、真っ白な角。それは空の光を反射させこの世のものでは無いように美しく虹色に輝く。 「今更躊躇うのか? 」  男の後方にはもう一人。いや、人なのだろうか。辺りを雲に囲まれたソレはひたすらに大きく、人では無いようだ。 「いや、躊躇うことなんて.......何も無いさ」  荒い息を漏らしながら男は強くその柄を握りこんでいく様で、木製の柄からは奇怪な音が小さく響く。  対象的に音も出さずに眠り続けている白い竜。死んでいるんではないかとすら感じさせるその白銀の瞼の隙間に男はそれをねじ込んだ。  ブワッと吹き出す真っ赤な液体。鈍い銀色の光を放っていたそれは真っ赤に染まり、元の色も光を反射することも無い。体を真っ赤に染め上げた男が荒い息を吐き出してもう一度息を吸い直す。 「すまない」  突き刺さったそれをまるで中のものを掻き出すかのように内部で抉る。一周、二週と回したところでようやく目的は達せられたのか高さだけでも男の胸元まである半球状のものがゴロンと男の足元に転がった。 「ガァァァァァァァァアアアアァア」  竜が咆哮する。顔を持ち上げるが何かがあったはずのそこからは大量の液体が辺りに溢れ出す。そしてその液体は足元に留まることなく大地へ赤い雨となって降り注いでいく。 「ゆ、許してくれ。仕方なかったんだ、仕方なかったんだ.......」  体を震わせた男は腰を抜かしたのか、その場に座り込みズルズルと後退する。しかしそんな様子の人間を無情な竜の碧眼が捉える。ゆっくりと持ち上げられる竜の腕。ギラギラと光る白銀の鉤爪は掠っただけでもその身をただの肉片へと変貌させることは必至だろう。  勢い良く振られた腕。 「申し訳.......」  閉じられた瞳。  吹き荒れる風が男達を横殴りにする。  しかし、男が肉片となることは無かった。軌道が逸れた爪は男の目の前に転がる半球体なソレのすぐ手前に柔らかく着地し停止したからだ。  男が恐る恐る目を開く。そして目の前で動くことが無くなった竜が映ったからだろうか、胸を撫で下ろす様子が伺える。自身の足を確かめるようにして立ち上がる男は竜のもう一つの瞳を確認するが、閉ざされた瞼は開きそうに無い。 「やれば出来るではないか、人間。それはもう貴様のものだ。お前の求めていた神の力とやらも栄光も武勇も、その全ての塊がその目の前に転がるモノだ。持ってゆけ」  男は震えの止まらない両手を目の前のモノに伸ばす。そしてそれをなんとか抱える。  すると男の体を赤い何かが包み、景色は下降して行った。 「俺は.......これを食うのか? 」 「その為に危険を冒したのだろう?我もその為に態々いくつもの災害を引き起こしたのだから、それを無下にだけはするでない。」  男のノドから音が聞こえた。 「二度と会うことは無いだろう、哀れで愚かな人間よ.......」  真っ赤な影は何かを言い残すとそこから姿を消した。 「頂く.......それしかない」  言い聞かせるようにゆっくりと掠れるような声で男は呟く。そしておもむろに男はかぶりついた。男の口元が真っ赤に染まり、足元には音を立てて滴っている。  辛そうに目をを閉じる。しかし閉じられた瞼の隙間からは涙が頬まで伝っている。  そしてのどが音を鳴らし、瞳が開かれるとその左は碧い色へと変わっていた。
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