モブ男と赤いヒーロー

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モブ男と赤いヒーロー

 はじめてヒーローを見たのは小学校にあがったばかりの頃。  点と線でできあがっているような顔をした僕は、なんとなく公園のジャングルジムに寄りかかっていたんだ。 「たすけて!」  わりと近くで悲鳴が聞こえたので、声のする方を見たら、目鼻立ちのしっかりした級友が悪の組織に追いかけられているところだった。  僕はマジかを連呼しながら群がってきた大勢のなかに飛び込んでいく。  悪の組織がなんか言っている。 「あの子にトロイと言いやがって~」 「ジャマとか言いやがって~」  級友が石ころにつまずいて転んだ。ひざをすりむいたと思う。痛そうだなぁ。  級友は放っておいたほうがいい人にむかって悪口でも言ったのかなぁ。それだとしたらバカだなぁ。  悪の組織は転んだ級友を見下している。両肩を震わせて怒っているみたい。 「あの子は疾患を持っているんだ。それを貴様は~」 「そこは心の限り同情しろや~」  悪の組織は5人くらいいて、級友を取り囲んでいた。「ごめんよ」とだれに向かって言っているのかわからない級友。僕はそのときこう思っていた。 (しっかんってなに? シッコ?)  そのとき。 「まてえぃ!」  どこからともなくヒーローの声が聞こえたんだ。 「赤!」「青!」「黄!」と3人は名乗った。仮面のヒーローだけど全員男だと思う。 「助けを求める声あれば!」 「我ら正義の名の下に!」 「庶民を襲う悪を討つ!」  それからはもうヒーローを名乗るだけあって強いのなんの。特に赤はリーダーだけあってひとりで3人相手にしていた。  あっという間にやっつけたから、僕はたくさん拍手を送ったよ。一瞬だけど赤いヒーローと目が合ったような気がしてうれしかったなぁ。  活躍をねぎらうように黄が赤の肩を叩いた。黄大丈夫かなぁ。息あがってないか。中の人若くないのかなぁ。  赤は黄にむかって頷いて。泣いていた級友を立ち上がらせた。「大丈夫か」と声をかけてやさしく頭をポンポン。  とたんに笑顔になる級友を見て僕は「僕も悪口言って悪の組織に追いかけられたいなぁ」とぼやいた。  つぎにヒーローにでくわしたのは小学校4年生だったかなぁ。  僕はどこかに行く用事があってひとりで電車に乗っていたんだ。 「きゃーっ、やめて」  座ってマンガ読んでいたら斜め向かいで女の人の悲鳴が聞こえたんだ。 「たすけて!」  お母さんくらいのおばさんが悪の組織に髪をつかまれて座席から引き剥がされそうになっていた。 「女の子にゆずれよ~」 「立っているのもつらいんだぞ~」  悪の組織は二人だった。最初チンピラかと思ったけど。女子高生を座らせてあげようとしているところからして悪の組織だ。チンピラなら自分が座りたがるはず。 「彼女がアタシに座っていいって言ったのよ!」  おばさんがキレた。女子高生はうつむいている。 「おばさん、この札知らないでしょ~」 「おしゃれなアクセじゃないんだぞ~」  悪の組織が女子高生のカバンについている赤地に白抜きのプラスとハートの札を指差している。 「そんなの、はやりのなんかでしょ! 目上に席譲るのは当然でしょ!」  女キレる。女子高生はカバンを後ろにまわした。つまんないの。マンガ読も。 「まてえぃ!」  持ち上げたマンガをまた下ろした。そこに赤いヒーローがいたんだ。マジかって言ってる間に人がたくさん集まってきたよ。  赤いヒーローは一人だったけど、相手もふたりだしね。楽勝っしょ。  立ち回りはマンガよりカッコよかったなぁ。一瞬だけど、目が合った気がしたし。  ちゃんと拍手喝采したよ。ヒーローがいれば庶民は平和なんだ。 「いいかー、この女子高生がカバンにつけている十字とハートの赤い札はおしゃれな飾りじゃないんだ! ヘルプマークはなぁ、見た目には健康そうだが、結構からだの中身はつらい人がつけるものなんだぞ! みんな覚えておけ!」  突如、赤いヒーローがドスのきいた声をだした。 「なんで、そんな、大切なこと言わないのよ! アタシが恥かいたじゃないの! だからあんたはトロイのよ!」  おばさんは女子高生に怒鳴りつけ、席をゆずって、つぎの駅で降りてしまった。女子高生の顔面は歪みっぱなしだったなぁ。  ところでヘルプマークってなに? それこそヒーローに助けてくれっていうアピール? まぁいいや、マンガのつづき読も。  つぎにヒーローに会ったのは中学校の教室。  いじめられているA君は「助けて」とは言えなくて「ごめんなさい」を繰り返すわけだけど。  なにを謝っているんだろうか。プロレスごっことか言われてアザつけられたり、罰金ゲームとか言われて小銭とられるうえになんで「ごめんなさい」って言わなきゃならないんだろ。  あいかわらず点と線でできあがっているような顔をした僕は、教室の机や椅子にびっくりするほど馴染んでいるから、いじめ問題とかいう面倒臭いものに巻き込まれない。 「まてえぃ!」  久しぶりに聞いたその声に教科書を閉じたら、赤と青のヒーローが教壇に立っていた。黄は引退したんだろうなぁ。息あがってたものなぁ。 「お前が呼んだのか~」  いじめっ子がA君の肩を思い切り突くものだから、A君が僕の席まで飛ばされてきた。 「イテッ」  と言ったのは僕だ。A君の中肉中背の体重が肩に襲いかかってきたのだから。それを赤いヒーローは見ていたと思う。だって、とっさにやってきて。 「大丈夫か?」  とA君の手を取り立たせてあげたんだから。助けが来た喜びに涙でくしゃくしゃになるA君。肩痛いの僕なんだけどなぁ。僕にはだれからもなんにもなしかよ。 「助けを求める声あれば! 我ら正義の名の下に!」 「庶民を襲う悪を討つ!」  黄のセリフは赤が引き継いだんだなぁ。 「お前らの親が悪の組織であることは調査済みだ!」 「いまのうちに悪の芽を摘み取ってやる!」  いじめっ子は悪の遺伝子持ってたんだ。どうりでやることえげつないと思ったんだよ。 「親のこと悪く言うな~」 「おれらにはいい親なんだぜ~」  悪の組織の子供たちもなんか言い返している。  隣のクラスからも人が押し寄せてきて僕は見事に埋もれていく。  それから1分も経たないうちに勧善懲悪は終わっていて、みんな席について普通に授業がはじまっていた。  そのあとヒーローを見たのは高校の合格発表のときかなぁ。  合格発表の看板の前であっという間に僕は群衆に紛れてしまった。 「まてえぃ!」  その前のやりとりがわからなかったけれど。ヒーローが対峙しているのが知ったやつだったからだいだいのことは把握できる。  うなだれているいじめっ子だったやつ。鬼のような顔をしているのはやつの親だろう。悪の組織の一員だ。  それだけでヒーローにやっつけられる理由はあるけどさ。 「親と子の問題にヒーローは関係ないだろうが! 帰れ!」  悪の組織のくせに偉そうなことを言うなぁ。 「こいつは親に嘘をついて美術学科を受けていたんだよ。合格したというから喜んだのに体育学科じゃないとはどういうことなんだ。そんな奴に出す学費は」  父親は最後までしゃべることはできなかった。ヒーローが正義のパンチをくりだしたから。 「子供の夢を応援するのが親のつとめだろうが!」  普通科合格の僕にはなんの夢もないなぁ。悪の組織の息子のくせに親のあとつがないのかぁ。  ヒーローと目が合ったような気がした。よくあることだ。コンサートでアーティストがこっち見た、というやつ。そんなんででヒーローは僕らに夢と希望をくれるってわけだよなぁ。かっこいいよなぁ。  高校卒業するとき、悪の組織の息子が怪人のデザインをするために美大にいくことになったらしく、あの父親は泣いて喜んだと聞いた。  僕は無難に第2志望の大学に入れたからまぁいいかって感じ。  それからも、なんとなくヒーローを見ることがあったよ。新しい黄が加入したり、青が女の子になったり、赤も結構な年齢になったと思うんだけど、頑張るよなぁ。  ヒーローが平和を守ってくれているから、治安のいい毎日を送れている。幸せなことだなぁ。  中堅どころの企業に就職が決まって銀行に口座をつくりに行ったとき、僕ははじめて銀行を襲う悪の組織にでくわした。 「助けてって言えよ~」 「ヒーロー呼べよ~」  窓口の女性に脅しをかける悪の組織は20人くらいいるかなぁ。僕ら一般客は隅っこに寄せ集められて震えながらヒーローの到着を待つ。  窓口の女性は無言。なんでヒーロー呼ぼうとしないんだろう。 「なにやってんのよ! きゃー助けてって、ヒーロー呼んだらいいでしょ! まったくトロいんだから!」  女性の代わりにパートのおばちゃんがでかい声をあげた。悪の組織に襲われている最中にパワハラとかウケるなぁ。 「まてえぃ!」  来た。  周囲がどよめくのは青ちゃんのスタイルがいいからだ。黄もなかなか筋肉質で、息の上がってきた赤はそろそろ引退が囁かれている。  一方的なヒーローの活躍を何度目にしてきたかなぁ。いつ見ても気持ちのいい成敗ぶりだ。  あらかた片付いたから、惜しみない拍手を送る。今日もかっこよかったなぁ。  僕は赤に思い入れがあるから赤ばっか見てしまう。いつものことだけど、目が合っているような気になる。相手はマスクマンだから、実際はどこ見ているのかわからないけど。  おや、珍しい。こっち来るよ。ヒーローは群衆には近寄らないのが暗黙のルールなのに。なにか落ちているのかなぁ。 「おい」  こんなことが僕の人生に起こるわけがないと思っていたから油断した。 「私は今日で引退なんだが」  僕? 僕に言っているの? なんで? 「おまえ、いつもいるよな」  マジ? 目が合ってたの気のせいじゃなかったってこと? 僕が常に現場にいたことヒーロー気づいてたの? 長いことご苦労様でした。って言うべき?  ねぎらおうと思ったのに息苦しい。それこそなんで? 僕、ヒーローに締め上げられてる? 「なんでも私がどうにかしてくれるような顔しやがって」  え、なになに。 「おまえの点と線みたいな顔見つけるたびに、他人任せな群衆の代表みたいな気がしてムカついてたんだよ」  えええ~。なに言われているのか全然わからないんだけど。  買ったばかりのスーツがしわになるよ。就職のお祝いに両親からプレゼントされたものなのに。 「最後の任務までおまえを見させられるなんて」  ヒーローが庶民にむけて拳を振り上げている。それを僕に振り下ろす気なの?  青ちゃんと黄が事態に気づいたみたいでこちらに駆け寄ろうとしたけど。間に合う距離じゃない。  え~、殴られる理由わからないよ。それとも闘魂注入みたいなものなの? 「助けて」  言ってみるけど、みんなギャラリーに徹している。  正義の鉄拳が振り下ろされてしまう。 「赤野郎! やることサイテーなんだよ!」  女性の声とともに、ヒーローが体当たりされて、僕は苦しさから解放された。  無敵の赤いヒーローが地に手をついたのをはじめて見た。 「あんたはあたしのことなんか覚えていないでしょうね」  歪んだ顔面は窓口の女性だった。 「ヘルプマークよ。あのおばさんは、バイト先の先輩で、あのあとどんだけ気まずくなったか……どんだけいじめられたか……」  それって、ヒーローのせいでひどい目にあったってこと?  「あれから、ヘルプマークがつらくなって……あたしは……あんたのことが」  女性は泣き崩れた。赤はうろたえはじめ、青ちゃんと黄が駆け寄ってきて。  そして僕は、たかってきた人たちに埋もれて見えなくなっていくんだ。
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