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50代半ばだろうという木村先生は、絵にかいたようなおじさんで、頭はすでに薄い。みんなは「今日は昨日より髪が増えてる」とか「いやいや、あれは分け目が昨日と違うからそう見えるだけだ」とか好き勝手に噂している。
こんなこと言っては先生には悪いけれど、中学生という生き物は頭皮が薄い大人――いわゆるハゲが大好きで、それは格好の的だった。
なにのかって?
――そりゃあ……いじめの。
昔いた田中先生だってそうだった。あの先生は木村先生以上に禿げ散らかしていたので、あっという間にみんなのいじめの対象になってしまった。
正直、生徒同士のいじめよりは先生をいじめる方がいいと思う。学校生活というのはいつも誰かがみんなの敵役を背負っていないと平穏には進まない。
友達をいじめるより大人をいじめた方が圧倒的に面白いし、楽しい。それに誰も傷つかない。
そう思っていた。
田中先生はみんなからいじめられて3か月で休職してしまった。
いじめてたといっても、大したことはしていない。みんなが今、木村先生にしているような噂話を流したり、古典的に教室の扉に黒板消しを挟んで先生を白髪にしてみたり、授業中にちょっと邪魔してみたり……それくらいである。
本当のいじめの方がもっとたちが悪いし、ねちねちしている。こんないじめなんか、「いじめ」というより「いじり」に近いし、先生だっていつも困ったように笑っていた。
「ちょっとみんなー! もう、やめろよな!」
なんて。
先生なのに、なよなよとしているその言い方が面白くて、みんなは笑った。すると、田中先生も安心したような顔をして、もっとおどけてみせる。
だから大丈夫だと思ったのに、田中先生はあっという間にいなくなってしまった。
先生が休職したことで、みんなは少なからず心のどこかで悪かったと思っていたのだろう。
「俺には田中先生と同じことをしても効かないからな」
すごんだ声でいう木村先生が来た時には、みんなしゅんとしていた。
木村先生は生徒指導担当ということで、いつも生徒たちの服装をチェックする。
「おいおい、そのスカート短すぎじゃないか?」
「お前、髪染めてるだろ、戻してこい」
木村先生の声はとても低い。しかも無駄に体格もいい。噂では大学の時は柔道部だったらしい。そんな木村先生にはみんなもちょっかいを出せなかった。髪の毛のことでみんなが噂しても先生は知らんぷりだ。(まあ、髪の量の話は面白いのでみんなやめないけれど)
何をしてもこの人は反応しないもんな、とみんなが分かったのかもしれない。それからは先生をいじる生徒はいなくなった。
やっぱりそう考えると木村先生は弱かったのだ。かわいそうなことに。
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