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兄弟がいることは知っていたが、佐野のそんな話を聞かされたのは初めてだった。
「言ってくれればよかったのに」
亜紀は思わず口を開いた。
「言う必要はないかなって思って、ごめん」
「言えば亜紀だって、自由曲ゆずったよね?」
梨花の言葉に強く頷く。
その言葉に
「俺の実力でとらないと意味ないだろ」
佐野は悲しそうに笑った。
「自由曲の方がいいと思っていたのは、課題曲では指揮者賞を取れないって思いこんでるってことだからな。俺は兄貴と違うから兄貴のように課題曲では取れないって思ってるってことだから」
ふふ、子どもっぽいだろ?
と笑う。
「そもそも、先生が高本の方が自由曲にって選んだのなら、俺の実力はその程度ってことなんだよ。去年指揮者賞を取れなかった自分の実力を、すでに実感したよ」
「いや、先生はそこまで考えてないと思うけど」
梨花が思わず口をはさんだが、佐野には届いていないようだ。
「だから、いいんだ」
佐野は優しく言った。その言葉は優しいはずなのにとても悲しくて、なんと返せばいいのかわからない。自分の頭の中には佐野にかけるべきふさわしい言葉が見つからない。
「いや、よくないね」
そういったのは梨花だった。
「むしろ、これで指揮者賞を取った方がいいんじゃん?」
胸を張って堂々と言い放つ。佐野は、ぽかんと口を開けてどういうことだと問う。
「課題曲で指揮者賞を取った方が、佐野兄弟の再来ってかんじがするじゃん!」
そこまで言われて亜紀も参戦する。
「そうだよ、その方がカッコいいよ!」
「そ、そうかな?」
「「そうだよ!」」
2人の勢いに押されて、佐野はキョロキョロと亜紀たちを見つめる。
「……そうだな」
小さな声で言った。
「そうだな、……じゃあ、勝負だ、高本!」
「うん!……って、え?」
「どっちが指揮者賞をとるか、勝負だ!」
「ええええっ!?」
「いいぞ、2人とも!放送部対決だ!盛り上がってきたー!」
拍手をする梨花を横目に、これは大変なことになってしまったと思う。
しかし、時すでに遅し。
「負けないからな」
佐野に言われてはうなずく他あるまい。
「うん、頑張ろう」
「よし、そうと決まれば3人とも」
話を聞いていたのだろうか森脇先輩が、ドサッと目の前の机に大量のプリントを置く。
「合唱コンの司会の練習もがんばるよ?」
「あ……」
忘れてた。
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