指揮者を決めろ!

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 それから、放課後の合唱練習は本格的になった。  実行委員が決まると木村先生は、 「もう、練習はお前たちのものだから!話し合って進めていきなさい」 と職員室に降りていってしまった。生徒だけ残された教室の怖さは、先生の目が届かない教室の恐ろしさは、先生自身も知らないはずはないのに。意外に放置するんだなとあきれてしまう。  しかし、始まってしまったものはやるしかない。まずは伴奏者との打ち合わせ。自由曲を弾くことになった渡辺さんは、すでに暗譜をしていた。 「ここは、強弱つけたいから、ピアノの音を落とすね」 「わかった。合唱の音量もちょっと下げた方がいいよね?」 「そうね、でも、ソプラノはそのままでもいいかも。メロディーだし」 「じゃあ、男声だけ少し下げようか」 「それがいいかな」 「あと、ここはさ……」  渡辺さんとは意見があった。彼女のピアノは上手かったし、楽譜に忠実で強弱も分かりやすい。  こうしてほしいという要望も的確で素直に頷けるものばかりだった。 実行委員としての役割は、ほとんど佐野がしてくれた。と言っても去年も佐野は合唱コンのリーダーの経験があるので、自分から引き受けてくれた。 「それでなくても、高本には無理やり指揮をやらせちゃったからな。俺ができるところは俺がするよ」  そうやって、気遣ってくれるところが優しい。佐野は確かに立派なリーダーだった。毎時間の練習メニューを考え、みんなの負担にならないように早めに練習を終わらせる気遣いまで見せた。  練習自体もパート練習をした後に全体練習をするなど、時間を決めて取り組むことになった。練習にメリハリが出るようになり、みんなの集中が切れる時間が少なくなった。おそらく去年も同じようにしていたのだろう。 「ここは暗い雰囲気だから男声パートが主になる。女声パートは音量を下げて歌った方がいいと思うんだ」 「ここからは強弱が付く。でもいきなり強くするだけではだめだ。強くする前に音を弱くすると、差がはっきり出て、聞いている方にもわかりやすくなる。だから、この小節からは音を小さくしていこう」 「小さくするというのは、ただ声を出さないというわけではないんだ。大きな声というのが息をたくさん吐くことなら、小さい声というのはお腹の中に空気をためて、それを細く鋭く出すって感じなんだ。それを意識して歌ってみるだけで、全然音は変わってくるよ」 「そうそう、今の上手だった!最初と全然歌声が違うよ!」  佐野の歌への指導は分かりやすい。曲の特徴を活かすべく、楽譜をしっかり読み込み理論的にみんなに説明をしていく。みんなも佐野の言うことならと、しっかり聞いてくれて、歌声に反映してくれる。そうなると、佐野はまるで先生のように大げさにほめてくれる。いや、先生よりもほめてくれるかもしれない。中学生になって、先生からほめられるなんて体験はほとんどなくなってしまった私たちにとっては、まるで子どものころに戻ったかのような、懐かしささえ感じた。  おかげでみんなからは特に不満も出ることなく、順調に練習が進んでいった。  クラスでの練習が終わったあとは、放送部としての唱コンの司会の練習が待っている。  司会は学年別の放送部が行うので、少ない人数で回していくしかない。2年生は3人しかいないので、3人で開会式・閉会式と6クラス分の放送を読む。しかも、亜紀と佐野は同じクラスなので6組の時は梨花が放送するしかない。逆に、梨花のクラスの時は亜紀たちが読む。できれば自分の前のクラスの放送は読みたくない。そんなことを考えると、なかなか分担を割りふることが難しい。誰かに仕事が偏らないようにと注意しながら、話し合いをした。  放送の練習は楽しかった。司会の原稿をみんなで絵本閉じにして表紙にかわいいイラストを描きあうと、それだけでやる気が出てくる。原稿を読むと、クラスごとにこんな歌を歌うんだと知ることができたし、あの子が伴奏者をするんだ、指揮者をするんだと他のみんなよりも早く知ることができる。すらすらと言えるように何度もお互いに聞きあって、練習をする。部活とクラス練習と相まって、佐野と一緒にいられる時間は前よりも増えた。
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