やっぱりこうなった

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 翌週の火曜日のことだった。その日は珍しく大雨が降っていた。雨が降ると教室には太陽の光が届かなくなって、じめじめとした空気が入ってくる。なんだかそれだけで頭が痛くなってくる。   「おはよう」 「あ、おはよう」  間宮さんは、あの日の塾からも変わらずに話しかけてくれる。ただ、塾で話した話題を蒸し返すことはなかった。そのことは聞かないでほしいと十分伝わっていた。そんなことをされては聞くことはできない。とりまきではない間宮さんの存在は、クラスで孤立しつつある亜紀にとって大事な存在だった。自分から関係を切り離すことなんてしたくなかった。そんな間宮さんと自分の席に座って、朝の会までの時間を話しながら過ごすのがここ最近の習慣だった。しかし、今日は 「おはよう」  佐野が入ってきた。珍しいこともあるもんだ。佐野が亜紀に話しかけることはあったが、間宮さんといる時に会話をさえぎるようにして入ってきたことはなかった。 「佐野くん、おはよう」 「なんの話してたの?」 「昨日のテレビのこと」 「そうなんだ、今人気のドラマあるよね」 「そうそれ!佐野くんも見てる?」 「見てるよ、面白いよね」  しばらく3人でドラマの話をする。中学生にも人気の恋愛ドラマだ。クラスのほとんどは見ているであろうそれは、放送された次の日にはクラスで感想を言い合うのが流行っていた。あんな恋愛してみたいよね、と女の子たちはまだ見ぬ未来に期待を抱く。中学生なんて恋に恋しているようなもんだから、ドラマにすぐ影響を受けてしまう。 「間宮さん、ちょっといい?」 「うん?」 「話したいことがあるんだけど」 「ああ、いいよ」  ひとしきり話し終えると、佐野が間宮さんを廊下に連れ出した。  佐野の言葉に塾でのことがよみがえる。あの時も確か、同じように他の中学校の男子は間宮さんを呼び出したはずだ。佐野の好きな人は間宮さんなのではないかと聞いたことを思い出す。話を聞いた時は動揺したものだが、実際2人が話しているのを見たことがなかったし、亜紀自身、佐野と仲がいい自覚があったので噂は嘘なんだろうと思っていた。だから、今まで気にすることがなかった。  しかし、今、目の間に見えるのは、佐野と間宮さんの2人。  話すなら亜紀がいる前でもいいはずだし、そうでなければ休み時間に話しかければいいはずだ。わざわざ亜紀の前呼び出して話すということは、そんなに重要な話なのか。  2人は廊下に出て、窓の方を見ながら話している。窓の外には雨がしとしとと降り続いていて、相変わらずどんよりと暗い雲が空を覆っていた。何を話しているのか口が見えないのでわからない。けれど、間宮さんの長い髪が揺れるたび、スカートがひらひらと揺れるたび、2人の笑い声が聞こえるたび、亜紀の心は暗く沈んでいく。佐野の横顔は真剣で、その顔を見る間宮さんの顔も真剣で、ああ、なにか大事な話をしているんだなとわかった。  間宮さんは、亜紀が誰のことが好きなのか知っているはずだ。それなのに、何の話をしているんだ。自分がこんなねちねちとした感情を持っているなんて初めて知った。悔しいと思った。きれいな彼女は、佐野とお似合いだと思う。美男美女とはああいうのを差すのだろう。佐野も自分なんかより、女の子らしい子の方が好きに違いない、なんて。そんな感情を持っている自分をこれ以上自覚したくなくて、亜紀はそっと目を伏せた。  しばらくして、じゃあね、と言いながら間宮さんが手を振って帰ってくる。 「おかえり」 「ただいま」  できるだけ平凡を装って聞いてみる。ほんの少しだけ声が震えてしまった気がするけれど。 「何話してたの?」 「いや?ちょっとね」 「何系の話?」 「うーん、亜紀ちゃんには内緒の話かな?」  教えてくれないだろうとは思っていたので、頑張って聞き出そうとしてみたが、無駄だった。そのタイミングで木村先生が教室に入ってきた。みんなぞろぞろと席に着く。さすがにそれ以上聞くことはできなくて、断念せざるを得なかった。 「みんな、おはよう!」 「おはようございまーす」  いつものように今日も日常が始まる。
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