放課後の放送部

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 放送部の練習は発声練習と放送の練習が中心だ。発声練習は腹式呼吸を意識しながら発声していく。息を吐く瞬間にお腹がへこめば成功だ。そのあとは、壁に貼られた50音表を見ながら一音ずつ声に出していく。ただの50音表ではない。「あいうえお」ではなく「あえいうえおあお……」と順番が異なる、アナウンサーもやっている発声練習だ。 これを一息で、つまり、息継ぎをしないで言い切ることが必要だった。表を取り囲むように全員で立ち、一緒に声をあわせて練習していく。3回練習したら、今度は個人練習だ。すらすらはきはきと言えるようになるまで練習をする。5分間練習したあとは、1人1人みんなの前で発表していく。言い切れれば拍手。そうでなければ他の部員からのアドバイスがもらえる。  放送部員は全員これができた。2年生は3人だけだったが3年生の2人も、1年生の3人もこれができた。  最初はできなかったけれども「ま行は口を早く開けて」とか「は行は特にお腹を使って」とかアドバイスをもらって、練習を繰り返していくとしだいにできるようになっていった。  その後は「ういろう売り」という早口言葉を読む。これが一番難しくてなかなか言えない。これが言えたらアナウンサーになれるのかなとも思うが、別にアナウンサーになりたいわけじゃないので、そこそこに頑張ることにしている。できれば暗記して言える方がいいといわれている「ういろう売り」だが、これはB4の紙に9ポイントくらいの細かいじでびっしりと書かれている。古文や算数の公式を覚えるのとは量が違う。  ういろうという薬を売る商人が、商品を買ってもらえるように客に「ういろう」の良さを伝えるのが「ういろう売り」という話だ。ういろうを飲むと、ぺらぺらと舌が回りどんな早口言葉もすらすら言えてしまう、という効果がある。だから、「ういろう売り」を読む側としては噛むわけにはいかない。噛んでしまえば、ういろうの良さが伝わらない。無意味に言葉の練習をするだけではだめなのだ。やはり、聞いている人に意味が伝わるように読まないと。そういう心もちでいるので、亜紀は「ういろう売り」を覚えようと必死だった。 毎日練習した。部室だけでなく、家に帰ってからも練習をした。お風呂場で髪を洗いながら延々ぶつぶつ言っているもんだから弟からは「おねえちゃんが大きなひとりごとを言っている!」とからかわれている。  でも、あまり気にはならない。実際何度も練習すれば「ういろう売り」を覚えることができたし、「ういろう売り」が上手になればおのずと滑舌もよくなっていた。普段の放送で言い間違えることが少なくなったし、自分の放送に自信が持てるようになった。1年生のころは、自分の放送を友達に聞かれることが恥ずかしかったが、「ういろう売り」を覚えてからはそうでもなくなった。やはり、努力は裏切らないなと思う。  そんな亜紀の様子を見て、佐野も梨花も「ういろう売り」を競うように覚えた。その結果、2年生は全員そらんじることができる。そして、2年生部員の放送が一番上手になった。  「ういろう売り」の後は、いよいよ放送練習が待っている。毎日の朝の放送・給食時間の放送・昼の放送・帰りの放送。これら決まったものの練習を繰り返す。それだけだと飽きてしまうのでこの練習はすぐに終わる。これらの練習は3年生の先輩たちが1年生のころから、いや、もっと前から、代々受け継がれてきた練習方法だった。真面目に取り組む部員が多いことで、放送部はいつもきちんと声を出すことができたし、上手に放送をすることができた。その積み重ねが先生たちからの信頼を得ることにつながり、 「もう少ししたら合唱コンの放送原稿が来るからね。そしたらそれの練習をしようね」  部長の森脇先輩が練習の最後に言った。合唱コンは放送部が司会だ。先生からの信頼が厚い放送部は、行事の放送を任されている。合唱コンクールでは、学年ごとに時間を区切って行われるので、基本その学年の放送部員が司会をする。つまり、2年生の司会を3人でしなくてはいけないのだ。  司会は先生でも実行委員でもいいはずなのに、いつも放送部に任されている。それが、この学校の放送部への信頼の表れでもあった。それが放送部として一番うれしいことだった。 「合唱コンの司会楽しみだね」  梨花はすでにワクワクしているようだった。彼女は人前に立つことが好きなので、去年の司会も一番積極的だった。 「今年も名司会期待してるよ」  小突いて茶化したが、梨花は任せといて!とやる気に満ちるだけだった。
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