放課後の放送部

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放課後の放送部

「木村先生すごいやる気だったよな」 放送部の部室は、ドアを開けて手前の部屋が放送部をするアナウンス室。奥の部屋が、練習をしたり機材がおいてあったりする控え室となっていた。部員は控え室の壁際に鞄をおく。控え室にはどこかの教室から持ってきたのだろうか、教室で先生が使う大きな木製の教員用机が1つ。その回りにパイプ椅子がいくつかあって、それに座って練習する。佐野は壁に当たるところに荷物をドサッとおいて、大きくため息をついた。    さっきまでクラスで合唱練習だったのだ。歌いつづけて息切れしているのだろう。佐野はなんでも本気で取り組む。初日から全力の彼の歌声はクラスで一番大きかった。そこが彼のいいところでもあるのだが。 「先生、担当科目理科なのに、音楽の先生かのように気合い入ってたよね」  亜紀もじゃっかん疲れぎみに答えた。木村先生の熱血指導は初日から始まった。 「まずは曲を覚えることだ、今から何度も流すからリズムを覚えるように」  朝一度聞いただけだったのでみんなどんな歌だったか覚えていなかった。というか、できるだけ合唱コン練習はさっさと終わらせて部活に行きたいと思っていた。  授業が終わったあとの30分間が各クラスでの合唱練習の時間に当てられた。その分削られるのは部活動の時間であり、放課後の時間だ。クラス練習は各クラスに任されていて、担任が中心となって率いるクラスもあれば実行委員をたてて生徒中心に行うクラスもある。 合唱コンには全く力を入れず30分間の練習を半分で終わらせて早々に解散するクラスもある。亜紀は去年そのタイプだったので、今年も早く終わるかなと気楽に考えていたが、今年は30分間逃げだせそうにない。  木村先生は初日だというのにすぐに練習を開始した。音楽は聞いたら覚える、という独自理論をもとに何度も聞かされた。確かに何度も聞けば覚えた。 というか、1回目から先生がCDに合わせて大声で歌うもんだから、全員ドン引きして、それが頭に残ってしまっただけなのかもしれない。 「あー、なんかまだ先生の歌が頭の中で流れてるんだけど」  頭を抱えて部室の机に突っ伏すと、わかる……と佐野もため息をつきながら隣に座った。パイプ椅子がきぃと音をたてる。さびだらけのそれは、いつから新しくなっていないのだろう。放送室の部室は、まるで捨てる前の不必要なものを寄せ集めたような部屋だった。そんなさびれた空間でも、亜紀は佐野と一緒にいれるだけで楽しかった。彼が自分の考えに同意してくれただけで、なお嬉しくなった。単純なのだ。 「6組はなんの歌うたうの?」  2年2組の放送部員、矢井田梨花が話しかけてきた。梨花はすらっと背が高く、制服のスカートも亜紀と違って短い。茶色がかった髪を耳の下で二つ結びにしていて、座った瞬間にいい匂いがした。なにかつけているのだろうか。 「なんだっけ、高本……」 「……えっとねぇ、たしか『太陽』って歌だった気がする」  そうそう、と佐野は頷き1節を口ずさんだ。 「もう歌えるの佐野、すっごいな」 「いやいや、あれだけ木村先生の歌聞いたら覚えるだろ普通」  むしろ覚えてないのかよ、びっくりだわ、と佐野は肩をすくめた。彼の歌はとても聞きやすい声だった。音程もずれていない。木村先生の歌も音程があっていて、いい歌だったが、佐野の方が綺麗な声だと思った。 「亜紀も歌ってよ」    梨花がせがむ。 「いやだよ、音痴だもん、むしろ梨花のクラスは何歌うわけ?」 「うち?うちは『ひまわり』って曲」 「どんな曲?歌ってよ」  亜紀が頼むと梨花は頷いて歌った。よく聞く旋律の曲だった。一度聴いたら深く印象に残る曲だ。去年先輩たちが歌っていたなと思い出す。 「聞いたことあるな」 「去年の2年生のどっかのクラスが歌ってたらしいよ」  佐野の感想に梨花は説明を加えた。ふうんと佐野は返事をして 「よし、じゃあ今日の練習はじめますか!」 と勢い良く立ち上がった。
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