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いじめストッパー鐘鶴まなび
今日もはれぼったい目のまま学校へ向かう。肩にくいこむランドセルがなまりのように重い。
あと半年がまんすれば中学校に行ける。合格すれば私立の中学に進める。そうすればみんなとわかれることができる。そのためにへんさち45もないのにがんばって勉強している。やっと九九を暗記できた。私立にさえ合格できれば。
【おバカがお受験マジウケる】
机の上にマジックでこんなこと書かれずにすむんだ。
「かわいそ~、また机にラクガキされてる~。先生来る前に消さないとね。はい、シンナー」
クラスのリーダーキボウちゃん。ラクガキを消すためのシンナーを毎日渡してくる。
ゴシゴシゴシ。これがわたしの毎朝のにっか。先生が来るまでには消えているから、わたしの机はきれいなんだ。
「クッセー」
「鼻曲がる~。だれの机だよ」
「またシンナーかよ」
シンナーが、いつのまにかわたしのあだ名。
「きもちわるい」
って女の子たちが言う。
それはシンナーのにおいでクラクラしちゃうってことだよね。わたしだって毎日シンナー吸ってあたま痛いし、吐いちゃうし。それでまた「きたない」って言われちゃうんだけど。
わたしがくさくてきもちわるいんじゃないよね。シンナーのせいだよね。
「おーい、窓あけろーっ。なんで毎朝臭いんだこの教室は」
先生は朝のHRでいつも言うけど。みんなが一丸となって「なんでくさいのかわかりませーん」って言うから、それを信じて、それ以上なにもきかない。
「今日はみんなに新しい友達を紹介します」
転校生? みんな顔を見合わせて「しらない、きいてない」という顔。
「入ってきなさい」
「こんにちわーっ!」
先生にうながされてきょうだんにあがった女の子はちょっと背が高くて大人びた感じだった。
「鐘鶴まなびです。みんなよろしくーっ!」
とても元気のいい人だった。
みんなは鐘鶴さんのひととなりを取り込もうとしている。わたしは、この人からはどんないやなことをされるんだろう。としか考えられなかった。
「鐘鶴さん、どこから来たの?」
「おうちは? 兄弟いる?」
休み時間、転校生のまわりには人だかり。中心にいるのはキボウちゃん。いつでも、なにをするにもみんなの中心にいるのはキボウちゃん。
勉強はわたしよりできて、運動神経はだれよりもよくて、言いたいことは考えもしないですぐ口にだす人。無神経で、いじわるで、だいきらい。
キボウちゃんが鐘鶴さんにこのクラスのルールを叩き込みはじめた。そういう行動の早さもだいきらい。
わたしがなにかをしたわけでもないのに上から目線で、しんせつなふりしてクラスのだれかに意地悪させている。
「あなたが臭いって言われない方法、あたし知ってるのよ」
と話しかけてきたことがある。それを信じて「教えて」って言ったら。
「教えてくださいでしょ」
って言ったの。忘れられない。周囲のクラスの人たちもケラケラ笑っていた。
「しょーがないわね。教えてあげるわよ。消えてなくなればいいの」
そしてクラスの人と「おまえがな!」と息がぴったり合っていることをひろうしてくれた。
「そしたら臭くなくなるし~」
「教室の空気がきれいになるね」
みんな、どうしてそんなにうれしそうなの。このクラスには、だれもわたしの味方はいないの。
……中学受験がだめだったら、わたしは消えるしかないんだ。
中学にいってもこのじごくが続くんだったら、そのほうが、きっと解放される。いしょだってもう書いてある。キボウちゃんのしてきたこと、みんな書いてある。
「なんかシンナー臭いと思ったらこの机?」
顔をあげたら鐘鶴さんが見下ろしていた。
背後でキボウちゃんたちがニヤニヤしている。
あぁ、さっそく転校生からも仕打ちを受けるんだ。というか、これは鐘鶴さんがみんなとうちとけられるかどうかのしけんだ。わたしへのたいどでたのしい学校せいかつを送れるかためされているんだ。
「学校に燃える液体なんか持ってきたらいけないことぐらい6年生なんだから知ってるでしょ?」
わたしが持ってきたんじゃない。それはキボウちゃんがラクガキを消せってめいれいするから。
「黙ってちゃわからないじゃない! あなたはシンナーを学校にもってきているんでしょ? それって犯罪なんだよ。少年院に入れられるんだよ!」
鐘鶴さんの声、なんて大きいんだろう。みんな静かになっちゃったじゃない。
「だしなさいよ、シンナー。それで先生に謝りなさいよ。わたしは学校に燃える液体のシンナーを持ってきて学校を燃やそうとしていますって!」
「え」
心ぞうがこおりついた。いま、鐘鶴さん、なんて言ったの?
「みんなも、こんな放火魔と一緒にいてよく気分悪くならないね。毎日なんでしょ? あ、みんなやさしさから我慢してるの? この人が少年院に入れられたら可哀想だから黙ってあげているの? マジやさしすぎ!」
転校初日、なんだよね。鐘鶴さん、今日がみんなと初対面なんだよね。
「はぁ、はぁ」
わたし、心ぞうが、ばくばくしてきた。鐘鶴さんはキボウちゃんにむかって親指を突き立てている。
「どうどう、こんな感じでいいんでしょ!」
鐘鶴さんはぴょんぴょんウサギのようにみんなに同意を求めている。
みんなが言わせたんだから、早く同意してあげればいい。鐘鶴さんはみんなと仲良くなるしかくがあるよ。キボウちゃんよりヒドイかもしれないよ。
「この人がシンナー持ってくるのやめない限り、あだ名シンナーに決定にしようよ」
「とっくにあだ名だよ」
だれかの吐き捨てるような声がした。
みんなこのあと大笑いすればいい。わたしはシンナーだよ。学校燃やそうとしているシンナーだよ。
「えー、そうなんだ! いつからシンナーなんて危険物持ち込んでんの、この人。出処まで追跡されて関係者みんな逮捕されて牢屋行きだよ」
鐘鶴さんがひとりで大爆笑した。
「そこまでいわなくても!」
とつぜん声をあげたのは、シンナーのでどころキボウちゃんだった。
「えー、なんでぇ? 犯罪者は根こそぎ逮捕しないとだめじゃん! アタシ刑事になりたいんだ! 悪い人をバンバン逮捕して牢屋に送り込むの!」
鐘鶴さんはいせいのいい女の子。キボウちゃんがだまりこむほどに。
翌日から、机に落書きはされなくなった。
シンナーの臭いもすることがなくなった。
新しいこうげきが始まる。
今度はうわばきを隠された。くつ下のまま教室に入った。キボウちゃんの「うわばきどうしたの?」という声が耳に入った。
「うわーっ、なに今度は靴下?」
鐘鶴さんがつっこんできた。今度はなにを言われるんだろう。
「きったな~い。教室だって廊下だって、ましてトイレなんてバイキンだらけだよ。みんなもよく耐えられるね、この人バイキン教室に持ち込んでるのに平気なんだ! アタシは我慢できない」
そう言うと、どこから出したのか、スリッパを放り投げてきた。どこかのびょういんの名前がいんさつされているようなスリッパだった。
「みんな、どうこれ。靴下よりダサいと思わない? 今日からこの人のあだ名スリッパにしようよ!」
鐘鶴さん、うれしそうな顔。男子が一斉にスーリッパと言いはじめたけれど、キボウちゃんたち女子がにらみつけて、しずかになった。
翌日。くつ箱を開けたらうわばきがもどっていた。
かわりのこうげきが用意されていた。
そのたび鐘鶴さんがおしのけるように自分の意見を通そうとして大笑いする。自分の考えの方がこうか的だと言いはって、一部男子はのっかって笑う。そのたびキボウちゃんたちににらまれておとなしくなっていた。
ある朝。
「女子みんなで相談して決めたんだけど」
席についたとたん、キボウちゃんをはじめとする女子に囲まれた。
「あなたのことイジるのやめるかもしれないから」
また心ぞうがはげしく動きだした。
それは、なんのこうげきなんだろう。
「なによ、嬉しくないの? やめてやる可能性がでてきたのよ」
今日にでも消えてしまいたいと思っていたから、どんな顔したらいいのかわからない。
「今日から鐘鶴シカトするから。あんたも協力しなさいよ。破ったらイジリ再開するから」
わたしのかわりに鐘鶴さんをターゲットにするってことがわかった。なんで? とは思わなかった。
「言うこときいてくれたら、男子にもあなたをイジらないよう言ってあげる。あたしたちもおはようとばいばい言ってあげる」
それは、解放されるってことだ。みんなから、なにもされないし、声までかけてくれるっていうことだ。
「ほんとうに?」
泣き出しそうな顔になっているわたしに、キボウちゃんが「みんなで決めたんだからウソじゃないわよ」と言い切った。
「信じていいの」
わたし、消えなくていいんだ。生きていていいんだ。
~校長室~
アタシは呼び出されていた。
「どうですか、学校生活は」
校長が前のめりになって聞いてくる。その隣には両手を合わせて祈るような仕草のあの子の両親。またその隣には己の無力さを反省しているであろう担任がいる。
「あ~、順調ですよ。今日にでもターゲットはあの子からアタシに変わるでしょうね」
間違いなくいじめ側の人間から嫌われるキャラクターを演じてきた。
校長は額の汗を拭き、両親は手をとりあって泣きそうになっており、担任はアタシにむかって拝みだした。
「よかったですね。これでお嬢さんは幸せな小学校生活をおくることができますよ」
両親は本気で泣き出した。これが親心か。アタシには親がいないからわからない。
だから冷めた目でみてしまう。
「ほうんとうにありがとうございます。シンナーのことも、あの子がいじめにあっていることもわかっていても、キボウさんをはじめとするクラスの子も大切な生徒です。担任としてあの子だけ肩をもつことはできなかったんです」
生徒の前では溌剌としたイケてる先生がこのしぼみよう。まぁ、どこの学校行ってもたいていこんなものだけど。
「親御さんたちへの対応がしきれないのが学校の現状でして。都市伝説と言われていた、いじめ請負業が実在していることを知った時にはわらにもすがる思いでした」
校長も感謝を述べるけど。こっちとしてはビジネスなんだよね。
「金でも頂かなくてはやりきれませんので」
アタシはこれからはじまるであろう小学生らしいいじめの数々を想定し、どう対処すればますます意識をあの子から遠ざけることができるのかに思いを馳せている。
「それに、小学生を演じるのはさすがに今回が最後ですね。あの子が滑り込みセーフです。よかったですね」
そろそろ後継者探すかな。
「ほんとうに、ありがとうございます。娘の机の引き出しから遺書がでてきたときには、もうどうしたらいいのかわからなくて」
それは依頼を引き受けるときにスマホで撮影されたものを読ませてもらった。
親へのおわびと感謝と、いじめ首謀者に対する呪詛。
「それより、ちゃんと支払ってくださいよ。人ひとりの命の値段」
アタシは請求額を復唱した。
校長、両親、担任。顔を青くしていたが。意を決したように、校長が力強く言い切った。
「我が小学校に、いじめなどありません。そのためなら安いものです」
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