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その日の帰りも、雨が降っていた。
亮は、また傘を忘れたため、また例の橋の下で雨宿りをした。
「椿くん♪」
そこへ、再び、涙が入ってきた。
「よぉ。…お前、今日も傘忘れたのか」
「椿くんこそ。英国紳士か」
涙はそうツッコんだが、亮には、そのツッコミの意味が分からなかった。あとから調べて、英国紳士は、雨が降っても傘を差さないらしい、ということが分かったのだが。
「いや、寮が近いから、傘持ってくまでもないかと思っているだけだけど」
亮がそう答えると、涙は、目を丸くして、
「え、椿くんって寮生なんだ。出身どこ?」
「熊本」
「へぇー!はるばるご苦労様ですぅ」
涙のリアクションの一つひとつが、亮には心地よかった。思わず、吹き出してしまう。
「椿くんは、雨、好き?」
涙は、突然、雨を眺めながら、そう尋ねた。
「え。…そうだなぁ。低気圧だと、頭痛くなるタイプだから、あんまり」
好きじゃない、と言いかけて、涙の顔を見ると、涙は、悲しそうな顔をしていた。
「そう……なんだ。」
「いや、でも、」
彼女の様子を見て、亮は思わず、そう口にしてしまった。
「でも?」
涙が、振り返って、首を傾げる。
「でも、梅雨の時に咲く紫陽花とか、かたつむりとか、雨上がりに見える虹とか、そういうのは、好きだな」
亮がそう言うと、涙は、軽く鼻で笑い、あはは、口を大きく開けて、ぱぁあっと顔を明るくした。
「そっか! ふふ、私も、雨が好きなの!」
涙はそう言って、幸せそうに笑った。
「そうか」
亮が顔を動かして、空を見てみると、雨が小降りになってきていた。
「あ。じゃあ、そろそろ、寮の門限になるし、小降りにも、なってきたから、帰るわ」
そう言って、橋の下から亮が駆け出すと、
「あ。ちょっと待って、椿くん」
と、涙が声を掛けた。
振り返って、後ろ歩きをしながら、聞く亮。
「明日ね、私の誕生日なの!」
亮は、その場で固まった。
「ん?」
「だから、明日、お祝いして。ここで待っているから!」
涙の声は大きかったが、スラスラとそう言った。
亮は一瞬笑うのを堪えたが、堪え切れず吹き出した。
「何笑ってんの?」
「だって……普通だったら、めっちゃ図々しい言葉なのに、お前が言うと、全然そんな感じしねぇから。なんか、おかしくって」
亮が言うと、涙は、「そう?」と得意げに答えると、
「得意げに言うことじゃねぇだろ」
と、亮がツッコんだ。
「そっか。てへぺろ……じゃあね」
と言ってどこか悲しそうに微笑むと、彼女は背を向けて、彼の前から居なくなった。
「じゃあ……な」
なぜか取り残される形になって、亮は、一人でそこに立っていた。
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