つゆ娘

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 しかし、その日、亮は橋の下に来たが、涙は来なかった。  昨日までの雨が、驚くほど晴れていた。  待っていても、来ない気がしたため、その日は、早々に、寮に帰った。  貴文に会ったが、同じクラスで、涙が欠席なことを知っていたため、話題には上らなかった。  そしてその次の日。  再び、橋の下で、涙を待っていると、 「椿くん!」  という、涙の声がした。  振り返って見ると、涙は、どこか、体調が悪そうだった。 「おぉ……大丈夫か。顔色悪いぞ。」 「いやその。昨日、体調崩しちゃったから」  涙は、雨と汗とで、濡れていて、ぶるぶると震えていた。 「……ねぇ、椿くん」  というと、涙は、亮の胸に、ぽん、と自分の体を預けた。 「……え?」 「ごめん、しばらくこうさせて。」  涙は、はぁはぁ、と荒い息をしていた。  亮は、腕を曲げて、涙の額に触れた。  じんわりと、熱があった。 「ちょ……こんな熱あるんだったら、無理して来るなよ。」  亮は、涙の肩に手を掛け、目線を涙に合わせてそう言った。 「ごめん。でも……」 「でも?」 「昨日、一日会わなかっただけで、寂しかったから……椿くんに会いたかったから、無理してでも来たの」  涙は、そう言うと、力なく、亮の目を見て微笑んだ。 「え?」 「私―」  言いながら、涙は、額を亮の額に合わせてきた。彼女の顔が近すぎて、彼女の顔が少しだけぼやける。 「椿くんのことが好きみたい。」  涙は、そう囁くと、すっと目を閉じた。彼女の長い睫毛が、微かな音を立てる。 「………」  亮は、目の前のことに、どきどきしながら、頭では、冷静に、先日の貴文の言葉を反芻していた。  ――おぉ。そうや、この先輩が会うたのと同じような奴かもしれないし、登校日は、必ず雨の、生粋の雨女やで? 怪しすぎるやろ。とりあえず、明日、露川が何もんなのか、聞いてみることやな。  彼女が何者なのか――  亮は、「ありがとう」と言いながら、涙の額から、離れた。  瞼を上げて、亮の瞳を見つめる涙。 「……ちぇ」  と、涙が呟いて、亮が、 「なんだよ」  と笑いながら返す。 「だって、このまま行けば、キスの流れだったのに」  涙が、なんのためらいもなく、そう呟いたので、亮は、吹き出した。 「笑うところじゃないでしょ」  涙が、頬を膨らませる。 「ごめんごめん」  亮の返しに、涙はため息を吐いた。 「……私じゃ嫌なの?」  涙の正直なその言葉に、亮は、一瞬、言葉に詰まった。  一瞬の沈黙。 「いや……お前と居ると楽しいし、どきどきするし……俺も、お前に会ったあの日から、またお前に会いたい、って思ってたし。だけど」  涙は、亮の、その逆接を聞いて、サッと不安そうな顔になった。 「だけど?」  亮は、思い切って口を開く。 「俺は、お前のことを何も知らない……なんで、雨の日しか、来ないのか、とか。お前と同じクラスの奴が、お前のこと、生粋の雨女、とか言っているのを聞いて、なんていうかその、何者なのか、知りたくなったんだ。それで……」  そこで、顔を、涙の方にやると、彼女はさっきよりも、顔を青くしていた。がたがたと体が震えている。 「私が……何者か……?」  涙は、自分の手が震えるのを、もう一方の手で押さえるが、どちらも震えてしまう。 「だ、大丈夫か?涙……」  亮が聞いても、涙はしばらく黙って俯いていた。  雨音が強くなる。  涙は、顔を上げると、 「嘘ついちゃ……ダメだよね?」  と問うた。  亮が答えられないでいると、 「私は―」  と、涙が口を開いた。  ふいに、風が強く吹いた。亮は、どこか、背中がぞっとするのを感じた。 「私は……私は……」  涙の目から涙が溢れた。亮は、彼女に歩み寄り、 「涙…無理して言わんでもよかよ?」  と、思わず方言を出してしまいながらも、涙にそう言った。涙を指で拭ってやる。 「ごめん、椿くん。」 「亮でいいよ」 「亮……今日は、会えて、嬉しかった」  いつもだったら、赤くなって終わる亮だったが、今日は、 「俺も」  と返した。 「ありがとう……じゃあね!」  涙は、突然、グイッと180度回転して、走り去って行った。 「え、ちょ、待って!」  結局、今日も、彼女に、プレゼントを渡せず、置いていかれる亮だった。
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