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1.自宅マンションにて
午後五時すぎとはいえ、真夏の日差しはまだまだ鋭い。いや、もうお盆をすぎたのだから真夏じゃない。暦の上ではそうでも、肌で感じる暑さはまだまだ真夏みたいだ。実際、高温注意情報は相変わらず毎日発令されている。
マンションのエントランスの暗がりに入り、由香奈はほっと安堵の息をついた。本当に、この暑さは外を歩くだけで倒れてしまいそうだ。
集合ポストの前を素通りし、エレベーターホールへの自動扉を暗証番号を入力して開く。入ってすぐのエレベーターの呼び出しボタンを押す。
上階からエレベーターが降りてくるのを表示で確認しながら、由香奈は小さなハンカチタオルで額の汗を拭う。立ち止まったとたんに汗が噴き出してきていた。こめかみを汗が流れるのを感じてそこもタオルで押さえる。
エレベーターが到着して扉が開くと、ひんやりした空気が狭い空間から流れ出てくる。小さく身震いしてから、由香奈はエレベーターへと乗り込んだ。
自分の部屋がある五階のボタンを押した指を閉じるマークの方へ下ろしたとき、視界の端でエレベーターホールの自動扉が開いた。由香奈はとっさに開くマークのボタンを押して待つ。
「すみません」
言いながら入ってきたのは、顔見知りのサラリーマンの松田だった。
「ああ、由香奈ちゃん」
口元だけで笑って彼は四階のボタンを押す。
「こんにちは」
由香奈は目線を下ろしたまま挨拶し、閉じるボタンを押す。エレベーターが上昇しだすと、松田が口を開いた。
「ちょうど良かった。俺の部屋来てくれる」
「……」
すうっと体を固くして、由香奈はトートバッグを胸に抱きしめる。
「あの……」
言葉を押し出そうと頑張るけれど、こわばった喉はうまく開いてくれない。
「行こ」
エレベーターの扉が四階で開いて、項垂れたままの肩を大きな手で押される。
「あの、だって、私、汗がすごいし……」
ようやく床に向かって落ちてくれたのは、そんなどうしようもないセリフで。
「そう? じゃあ、お風呂の後すぐ来て。待ってるから」
あっさり言って松田は通路を進んで行った。由香奈は何も言えずに革靴の足が遠ざかって行くのを見送る。すぐに扉が閉まってエレベーターが再び上昇する。
五階に着く頃には、由香奈はいつものように思考を凍りつかせていた。くちびるを引き結び、俯いたまま自分の部屋の扉の前に立ちカギを開ける。部屋に入ってからも何も考えないようにしながら冷蔵庫から出したお茶を飲み、何も考えないようにしながらシャワーを浴びる。
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