23.本音

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 どうしようかな、と一瞬迷ったけれど、由香奈はありのままを話すことにする。 「実家がないので。行くところはないです」  春日井が立ち止まる。遅れて由香奈も立ち止まり、彼を見上げて振り返る。 「そっか」  彼が頭を撫でてくれようとする。とっさに、由香奈はその手を避けてしまう。 「ごめん。俺、無神経で」  空に浮いた手で春日井は頤をかく。戸惑ったような困ったような表情。彼にそんな顔をさせてしまった自分に腹が立ったし胸が痛くなった。由香奈の頭の中はささやかに混乱する。  本当は、頭を撫でてもらうのは嬉しい。泣きたくなるし、安心する。本当は、もっと触ってほしい。ソウタくんにしたみたいにぎゅっとしてほしい。でもそんな望みを持つのは相応しくない。だから……。  俯いて葛藤している由香奈の背中に、腕がまわる。そうっと囲い込まれる。ダウンジャケットの胸が近づき、由香奈はびっくりして顔を上げる。 「ごめん。でも」  真率な顔で春日井は間近から由香奈を見下ろす。 「俺、間違えてないと思う」  透き通るような眼差し。完全に見透かされたことを感じ由香奈は耳が熱くなる。そうだけど、でも、そうじゃなくて。由香奈は顎を引いて、ぎゅっと目を閉じる。 「私が駄目なんです。汚いか、ら……」  言葉の途中で、ぐっと腕に力が入って完全に抱きしめられた。 「ダメじゃない」 「だって……」 「ダメじゃないし、汚くない。そんなこと言うな」 「……」  断言する口振りに、それ以上の抵抗も逡巡も、はじけて消えた。由香奈の頬に、涙が落ちる。熱いしずくが後から後から零れてくる。両手を上げて、由香奈はぎゅうっと彼にしがみついた。  神さまなんていないと思ってた。願っても両親は元通りにならなかったし母親はいなくなってしまった。  学校では友だちができず、たまに話しかけてくれた男の子も気まずそうに離れていった。寄ってくるのは由香奈のからだを触りたがる大人たちで、従って好きにさせるのがやりすごすいちばんの近道だとわかってからは、そういうものだと諦めた。  願い事は叶わない。だから二番目三番目のそれで満足することにした。  母親はいなくなったけど、父親が言うように男たちに好きにさせてお金は手に入るようになった。父親は病気になったけれど、進学はできた。親族の縁は切られたけど、自由になった。寂しいけれどそれでいい、そう思っていた。  なのに出会ってしまったから、好きになったから、今は願ってしまう。この人と同じものを見たい。一緒にいたい。触れていたい。とても贅沢な、そんな願いを持ってしまった。
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