非常の際には、私の心臓を潰してください

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「はあ、ちかれた……」  僕は木造アパートの外階段を上る。廊下の一番奥が僕の部屋だ。階段を上る間にポケットから玄関の鍵を取り出そうとするいつもの所作。 「う、もわもわだ」  廊下を歩く途中はタバコの煙が充満しているので息を止める。僕はタバコの匂いが好きなのだけれど、健康に害を及ぼすとあれだけ至る所で言われてしまっては煙は吸ってはいけない、絶対、と思ってしまう。しかし、アホな僕は、なぜタバコやタバコの煙が体に悪いかなんてわかるはずもなく、矛盾した僕の体と頭の会議によって毎月15日は煙を好きなだけ嗅いでいいことにしている。 「今日は、えと……14日。明日だな、やっぱり自分へのご褒美は必要だな」  鍵を回す。ぎこちない金属音を何度か鳴らし、やっと玄関のドアが開く。 「ん、なんだ、この違和感は……」  やっと夜勤が終わり、家に帰ってきたというのにやるせない。部屋がサウナじゃなくなるには、夜になるまで待たないといけないからか?店長に必死でお願いして手に入れた廃棄の弁当が食べたかった唐揚げじゃあないからか? ブーーーーン  違うっっっ!!!!これはっっ!!  一瞬飛んだこいつの名前、アホだから分からないけどGに似ている…… 「ちくしょう、せっかく休める時間ができたんだ。邪魔しないでくれよ」  僕は虫が嫌いなんだ。カブトムシとかクワガタは幼いころ好きだったけれども、今思うとなぜあんな恐怖の化身がカッコよく思えたのか理解できない。 「はやくあっちいけ!それ!ほれ!ほらこら!」  窓を開けて虫が外に出るよう促すが、虫は何もしない。僕は大きなため息をついてから言った。 「しかたない。殺るか」  僕はキンチョール二本を両手に装備し、構える。 「悪いな、お前がこの部屋に入ったのがいけないんだぜ」  ジェット噴射をしようとした瞬間。声が聞こえた 「おい!別に殺さんでもいいやんけ!ねえ!いいやんけ」 …………は?  喋ったのは、僕の大嫌いな虫だった。
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