08. ピンク

1/1
54人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

08. ピンク

 駆け回る子たちに、それを見守る母や父。孫を連れた婆さんまでいて、公園は盛況だ。  北風の厳しい二月でも、幼い子供には関係無いらしい。  あいにくベンチは満席だったので、隅に植えられた木の側へと移動する。  葉も無いのに、黄色く細い花弁が満開で美しい。マンサクの花だと赤瀬が教えてくれたが、植物談義をしに来たわけではなかろう。  相対したオレたちは、しばし無言でお互いの顔を見つめた。  いや、見ているのはオレだけか。赤瀬の視線は落ち着き無く、俺と花とを往復する。 「おい、一体――」  焦れたオレが質問するのと、彼女がバッグへ手を突っ込んだのは同時だった。  引き出された右手には、ピンク(・・・)の包みが握られている。 「これ、もらって!」  赤瀬は頭を下げ、その包みをオレへの貢ぎ物のように捧げる。  手紙どころか、プレゼント攻勢とは。  クラスでも、誰が誰に告白したとか、恋話(コイバナ)で盛り上がる女子はいる。アイツら、その手のネタが大好物だから。  告白なんてロクなものじゃないと、そんな噂を聞き流していても、まだどこかで憧れもあった。  本当に好きな子から告白されたなら、きっと有頂天になるんだろうなって。  赤瀬からなら、舌がもつれるくらいに嬉しかったかもな。  でも、これが果してそうか?  彼女が付き合いたい相手は、誰だ。 「山田に聞いたのか?」 「あっ、うん。浅桐くん、告白されまくってるって」 「だから赤瀬も――」 「あせっちゃったんだ。受験前にゴメン」 「そうか。なんでここに来たんだ?」 「公園がベストだって、教えられて」  ジンクスか。ピンクも公園も、山田を経由した鈴原の入れ知恵かよ。  こんなの断じて違う。  赤瀬にだけは、利用されたくなかった。 「プレゼントは受け取れない。これで満足だろ」 「え……」 「そんなもの、要らねえよ。とっとと持って帰れ」 「断られる……のは、覚悟……」 「用は済んだだろ? 赤瀬といい山田といい、凝りすぎなんだよ。そんなゴミ(・・)、自分で処分しろ」  苛立つ気持ちが、剥き出しで口をつく。  オレの気持ちなんてお構いなく、今までの相手なら礼の一つでも述べて、笑顔で去ったはずだ。  断られれば、彼氏が出来る。ジンクス成立を遂げた赤瀬は、だけど、ボロボロと泣き出した。  頬に太い線を描き、大量の涙が彼女の顎から(したた)る。  何かを言おうと口を開いても、詰まった呻きしか出せないみたいだ。  こんな顔、中学でも高校でも、生まれてこの方一度だって見たことが無い。  プレゼントを持っていた右手を、だらんと下に垂らした赤瀬は、そのまま包みを地面に落とす。 「なん……、赤瀬?」  赤瀬の白いスニーカーが、プレゼントを踏み潰した。  彼女は何も言ってくれない。  何か間違えたのか?  赤瀬を泣かせたのは、オレか? 「待ってくれ、昨日も山田がここで――赤瀬っ!」  言い訳などする暇も与えず、彼女は全力で駆けて行った。  どうして赤瀬は泣いたりした?  疑問ばかりが心に渦巻き、冷静に考えをまとめるのが難しい。  追いかけないと。  でも、ちゃんと告白を断った(・・・)じゃないか!  腰を屈め、足跡の付いたピンクの箱を拾い上げた。  破れた包装紙から、二つ折りの小さなカードが一枚覗く。  メッセージは一言のみ。 “大好きです”  箱から漂う匂いで、その中身も見当がついた。  チョコレートだ。  今日は十四日、バレンタインだった。  電話――そう、電話ならすぐに出来る。  赤瀬が出たら、説明でも弁解でも、息を継がずにまくし立てればいい。  メッセージより生の声と考えた赤瀬に感謝して、先ほど得たばかりの番号をスマホに表示させた。  呼び出し音が延々と繰り返されるが、彼女の声には切り替わらない。  左手で包みを握り締め、駅へと走り出す。  まだ間に合う。  頼む、謝るチャンスをくれ。  黄色に変わった信号も気にせず、道路を横断して改札へ。  肩が触れたサラリーマンに舌打ちされたが、知ったことか。  赤瀬が帰宅する気なら、下りのホームにいる。  最奥の階段を駆け上がれば、そこに赤瀬はいるはずなんだ。  スマホの呼び出しも続けつつ、段を飛ばして上るオレの耳に、電車の到着を告げるアナウンスが届いた。 『四番線に電車が参ります。白線の内側までお下がりになって――』  ホームに顔を出したオレは、急いで四番線に並ぶ乗客を見回す。  よりによって、部活を終えた中学生の一団とかち合ってしまった。  ベージュのコートを探したいのに、彼らが()い立てとなって邪魔をする。  前か、後ろか、どっちから赤瀬は乗る?  一か八か最後尾へと走るオレの横に、到着した電車が滑り込んだ。  求めた黒髪は、いない。  前方へ向き直し、役に立たないスマホを仕舞って、息を深く吸い込む。  発車の警告音に負けじと、出せる限りの大声で叫んだ。 「赤瀬えぇーっ!」  お願いだ。もう一度、やり直させてくれ。  皆はオレへ振り向きながらも、電車に乗り込み終わり、ドアが一斉に閉まる。  六両編成の快速電車が遠ざかると、冷たい風が顔へ吹き付けた。  人がいなくなった四番線に残るのは、額に汗を浮かべるオレ。  そして、ずっと前方に、赤瀬が一人こちらを向いて立つ。  ホームの端から端まで走るオレを、彼女はただじっと待ち続けた。  近づけば、赤瀬はまだ泣き止んでおらず、肩を震わせているのが見て取れる。  赤く充血した二つの目を前に、何から伝えるべきなのか。 「オレに告白すると、恋人が出来るって山田は信じた」 「な……に?」 「赤瀬が信じなくったって、山田はそう考えたんだ。だから昨日、俺に告白しやがった」 「山田くんが……?」 「そうだ、あの馬鹿がな。彼女が欲しかったからだ。今から山田に電話するから、よく聞いててくれ」  山田が単純なだけで、普通はジンクスを聞いても信用しないだろう。  だけどもう、おかしな告白騒動の説明は後回しだ。  アイツが赤瀬と付き合いたいと言うなら、オレも覚悟を決めなければ。  スマホの通話ボタンを押し、今から話す言葉を頭で繰り返した。  顔をくしゃくしゃにする赤瀬から、目を逸したりするもんか。  彼女をしっかり見て、告げよう。 『シュウ! 返事か?』 「ああ」  スマホの音量を上げ、オレは山田との会話を赤瀬にも聞かせた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!