07. 胸騒ぎ

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07. 胸騒ぎ

 気もそぞろに夕飯を掻き込み、風呂から上がってベッドに寝転ぶ。  午後九時過ぎ、スマホを(いじく)っていると、ブラックリスト入りから着信が合ったのが判明する。  ちょうど公園で山田の相手をしていた頃、鈴原から電話があったようだ。  オレから掛け直してみたところ、先に告白を断った六人とも、見事に彼氏をゲットしたことを報告された。 『凄いパワーだね。もう神の領域、愛の化身よ』 「前世でどんな悪行を積んだろうな、オレ……」 『何言ってんの! みんな飛び上がって感謝してたんだから。こっちでお金持つから、ステーキ食べたくない?』 「いらない。食べたら呪いが強化されそう」  そう、呪いだ。たぶん、女を泣かせまくったヒモかなんかの生まれ変わりなんだ。  しかしこれで、ジンクスが未だ有効だと実証されてしまった。  山田の告白を断れば、アイツには彼女が出来る。彼女になりそうな女の子は、赤瀬しか思いつかない。  逆に告白を受け入れれば、どうだ?  彼女を得るチャンスを潰すことになるが、怒ったりはしないだろう。  しないと思うんだけどなあ。  山田が本気で告白した可能性も、五パーセントはあったか。  ホントやめようよ、そういうのは。話が(こじ)れるだけで、誰の得にもならねえじゃん。  いやでも、五パーセントか……。  着拒を解除しろと言う鈴原を適当にあしらい、スマホを脇に放って天井を眺める。  邪悪な鈴原(イビルスズハラ)は中学時代、成功率を上げるためにあれこれジンクスの分析に励む。  告白時の服装、セリフ、返答に要した時間やら、彼氏が出来るまでの日数を、事細かにまとめたノート。鈴原謹製の解読帳(デビルノート)を、今も捨てずに持っているらしい。  ピンクのラブレターが多いのは、おそらくこいつのせいだ。  木曜日がベストだとか、私服より制服がいいとか、真偽のほどは怪しいもんだろう。  好きだと明確に伝えないとダメ、なんていうルールは、どうも有効っぽい。  セリフを何度も変えて、鈴原本人が実験したからな。  告白場所に児童公園を選ばれたのは、実を言うともう四度目だ。鈴原のオススメが、体育館裏や公園なんだと思う。  山田の告白はパーフェクトではないが、かなり要点を押さえた出来だった。  男の願いでも、ジンクスは発動するものなのか。そこが不問にされるのなら、オレが告白を断った直後に、山田の元にも彼女が現れるだろう。  オレが絡んでいなければ――いや、赤瀬が関係しなければ、山田の芝居にも乗ってやったろうに。  芝居……だよな? 泣いてたけど。  そこまでやるかよ、普通。演劇系に進んだ方がよくないか。 「あー、もうっ!」  グチャグチャ考えても、頭は混乱したままで一向にまとまらない。  態度を決めるには、不確定な部分が多いからだ。  返事をする前に、山田が付き合いたい相手が赤瀬なのかを、やはり知りたかった。  しかしながら、尋ねた結果、山田がイエスと答えたら、オレはどうすればいい?  赤瀬と付き合うなって言うつもりか。そこを(こら)えて、お幸せにとでも言えるか?  鈍くて、気取り屋で、いつも受け身な自分にも、問題の在り処はうっすらと見えてきた。  オレが向き合うべきは、自分自身だ。  受験勉強なんかそっちのけで、ベッドで寝返りを打ちまくり、ただ無為に時間を費やす。  眠れたのがいつだったか、はっきりとは覚えていない。枕元の時計は、午前四時を表示していたような。  安眠とは程遠い夜が明け、母親の怒声で起きた時には、もう朝の十時を過ぎていた。 ◇  土曜日。  親に説教されずとも、体調管理が大事なのは理解している。  一時間どころか、十分だって貴重なことも。  朝寝坊した怠慢を打ち消そうと、昼までは問題集に取り組んだ。  これっぽっちも、内容が頭に入ってこなかったが。  昼食も終えた昼下がり、これじゃダメだと、スマホの画面を睨む。  何かしら決着をつけないと、全部台無しにしかねない。受験に失敗し、友人を無くし、赤瀬も――。  見知らぬ番号が、液晶に映る。 「はい、浅桐です」 『あ、赤瀬だけど……』  タイミングがいいような、悪いような。  昨夜から彼女の顔が浮かんでばかりだったため、妙な照れ臭さに黙ってしまった。 『あのっ、会って話したいことがあるんだ』 「え、今から?」 『忙しい?』 「いや、用事は無いけどさ。どこで待ち合わせよう。学校かな」 『そんなの悪いから、そっちの駅まで行くよ。三時でいい?』 「あ、うん……」  予感、か。  赤瀬に限って、まさかなあ。  洗面所で顔を洗い、多少なりとも髪を整えてたオレは、駅前へと急いだ。  今は二時二十分、半時間は先に着くことになるが、待たせるよりいい。  土曜の駅はそれなりに人の行き来が多く、ともすると赤瀬を見逃してしまいそうだ。  スマホを触って時間を潰すのは諦め、改札が見渡せる正面の壁にもたれて立つ。  私服の彼女に会うのは、初めてか――そんなことを考えつつ、電車の到着と同時に溢れ出る人波を目で追った。  改札上に見える四十五分着の掲示がパタパタと切り替わる時、見慣れた黒髪がやって来る。 「早く来たつもりだったのに……」 「暇だからな。待っちゃいないよ」  実際、思ったほど待たされずに済んだ。  コーヒーショップへでも入ろうかと提案したところ、人混みを避けたいと言われる。 「外でいい。あの公園とかどう?」  駅前のロータリーを越えた先、昨日も行った児童公園を、赤瀬の指は差していた。  好ましい誘いじゃない。  返事に窮したのを、賛同の意味に取ったのか、彼女は公園へと歩き始めた。  ベージュのコートに、クリーム色のトートバッグ。学校では付けていない青ガラスの嵌まったヘアピンが、髪に留めてある。  なんだかんだ言って、私服の赤瀬は女性らしく、制服よりも大人びて見えた。  学校の外で会えたのは、喜ばしいことなのにな。  赤瀬の斜め後ろを追うオレは、用件は公園で話すと言った彼女に、胸騒ぎが消せなかった。
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