09. 約束

1/1
54人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

09. 約束

「お前の告白は受けられない」 『そうか!』  喜色が滲むのを聞くに、ジンクス目当ては確定だろう。  山田が五パーセントの男じゃなくて、ホントによかった。 「彼女を作りたくて、演技したんだな?」 『いや、それはさ……』 「先に相談しろよ。告白の真似するからって、言えばいいだろ」 『そんな! 真剣にやらないと効果がないって。唐辛子まで塗らされたぞ、目に』  赤瀬はハンカチで顔を拭きつつも、耳を寄せて会話に聴き入る。  頭が近過ぎて、青いヘアピンに向かって喋っているようだけど、まあいいや。  ここからが重要なんだ。 「お前が誰と付き合おうが、別に構わない。祝福してやるよ」 『おう、ありがと。さすがシュウ!』 「相手が赤瀬以外ならな」 『え?』  さあ、言え。言わないと。 「赤瀬と付き合うのはオレだ」 『シュウ……』 「他のヤツには、絶対に渡さない」 『それ、赤瀬にも言うのか?』 「ああ、何回でも言う。オレは赤瀬が好きだ。彼女になってほしい」  最後は山田への言葉じゃなかった。  息を止め、間近で俺を見上げた赤瀬へ向けたものだ。  されたことなら何度でもあった好きだという告白を、この日、オレは初めて自分からした。  硬直したように、彼女は瞬きすらしない。  返事を待つ間は、こんなに不安を感じるのか。 “告白って、勇気がいるんだから”  そうだな、赤瀬。  先に頑張ってくれたのは、お前だった。 「ごめん」  自然と口にした謝罪に対して、彼女はぶんぶんと首を横に振る。  潤む(まなこ)に、また涙が溢れてきたようだ。  なんだよ、結局泣くんじゃねえか。  やめてくれって。もらい泣きしちまう。  赤瀬は口で返事をする代わりに、態度で思いを示した。  トートバッグが地面に落ちる。  オレのコートを両手で掴んだ彼女は、胸に埋めるように額をくっつけた。  包みを持った右手を、躊躇(ためら)いながらも彼女の背中に回すと、赤瀬もそれに応えて抱きついてくる。  マジか。左手のスマホが邪魔だ。 「まあ、そういうわけだから。切るぞ」 『やっとくっつく気になったか。赤瀬もオーケーしてくれると思うよ』 「ん? 恨んだっていいんだぞ」 『なんでだよ、ずっと応援してたのに。シュウは鈍感だからなあ。そりゃ赤瀬も苦労するわ』  言葉の意味を理解するのに、一拍を要してしまう。  山田が好きなのは、赤瀬ではなかった。  それどころか、オレを振り向かせたかった彼女は、山田へ相談までしていたらしい。  告白するなら、公園でピンクの贈り物がいいって、そりゃジンクス用じゃねえか。  的外れなアドバイスのせいで、空回りさせられたってことかよ! 『お似合いの二人だな。おめでと』 「あ、ああ。ありがとう」  通話が切れると、赤瀬に今の話が本当かと聞いた。  少し身体を離した彼女は、山田の助言で告白を決断したのだと認める。  オレを追う赤瀬の視線に、山田が気づいたのは最近のことだ。  始まりはもっと昔、夏休みよりも前。オレが楽しそうに話すゲームのタイトルを覚え、休み中にやり込んだのだとか。  会話に交ざる機会を窺い、待つこと半年、ようやく友人になれたと喜ぶ。  だが、そこでジンクス騒動が持ち上がった。  いくら断るとオレが請け合っても、立て続けに告白されたら気持ちも揺れるのでは。そう考えた赤瀬は、思い切って山田へ相談する。  山田が、悩む彼女の背中を押してくれたのだった。 「なんかカッコ悪いな、オレ。みんなに気を遣われてんじゃん」 「もう、全部許す……」 「泣き過ぎで風邪引きそうだぞ。場所、移動しようか」 「うん……。あ、でも。もう一回だけ」  再びしがみついた彼女を、今度はオレも両手で抱く。  最初は弱く、次第に強く。  次の電車が到着するまでの十五分、オレたちはずっとそうやって、お互いを温め続けた。 ◇  付き合うとなれば、改めて喋りたいことは山のようにある。メッセージで話そうと言うオレの申し出を、赤瀬は即座に拒絶した。  そんなことをしたら勉強が出来なくなる、だってさ。  一緒に遊ぶのも、長電話も、受験が終わってから。  しっかりした彼女で素晴らしい。  ……ふふっ、彼女かあ。  何としてでも、受かってやる。合格して、薔薇色の春休みだ!  受験にかける熱意は限界突破する勢いだが、赤瀬には負ける。  アイツはこの直前に、第一志望を変更した。後期試験こそ本命で、オレと同じ大学を狙うらしい。  わずかに難易度が上がってしまうため、これから必死で追い込みをかけるそうだ。  いつもより気力の充実した土曜日の夜。  割れたチョコレートを食べながら、参考書を開く。  さあ、勉強だ。  気合いを入れてシャーペンを握った瞬間、スマホが着信を伝えた。 「……山田か」  コイツにも、礼を言わないとなあ。  友よ、いろいろ疑ってすまなかった。だからって、告白してきた恨みは消えんぞ。 『シュウ、やったぜ!』 「ん、どうした?」 『彼女だよ! オーケーしてくれた!』  そう言えば、山田は誰と付き合いたかったんだ?  赤瀬以外に、親しい女の子なんていなかったのに。 『シュウのおかげだ。本当に感謝してる』 「そりゃよかった。で、その彼女ってのは――」 『俺の親友はシュウだけだ。困った時は、何でも言ってくれ』 「ああ、ありがとよ。んで、誰に告白されたって?」 「違うって、告白は俺からだ」  ウフウフと気味の悪い含み笑いのあと、山田はその名を告げた。 『(しおり)さんだよ。シュウには気づかれてるかと思ったけど。へへっ』 「……誰? 知らんぞ、そんなヤツ」 『同じ中学だろうが! 赤瀬にフラれても、栞さんには手を出すなよ』  不愉快な想定はさておき、シオリなんて覚えがない。  シオリ、シオリ……。  ……ああっ! 「お前、まさか。鈴原栞かぁっ!?」 「話せば話すほど、いい子だなって。会ってビックリしたよ、めちゃくちゃ美人じゃん」  眼科へ行け。ついでに耳鼻科も。こんな趣味の悪い男だったとは。  他人を思いやる優しい女の子。たまに暴走するのも愛嬌だし、素直に反省もする。おまじないを信じる古風なところが、また魅力的なんだとか。  鈴原に惹かれた山田は、彼女のクラスへ通い始めた。イケメン好きの鈴原のことだから、愛想を振り撒いたのは想像に難くない。  美男美女、お似合いのカップルなんだろうか。山田が騙されているような気もするけど。  大体それ、ジンクスの効果じゃないような。  最凶の毒キノコに手を出すなんて……いや、ちょっと待てよ。これは利用できそう。 「お前さ、鈴原のジンクスは知ってるのか?」 『何のことだよ。栞さんにもあるの?』 「アイツと別れると、二度と彼女が出来なくなるらしいぞ」 『え。あー、えっ?』  上手く行くかは山田次第だろうが、精々頑張れ。それくらいの罰は与えても叱られまい。  鈴原を手懐けるのは、お前の役目だ。  そして当然、山田からも質問がある。 『まあいいや。そんでさ、シュウは赤瀬に告白したのか?』 「ああ。付き合うことになった」 『そりゃいい。早く受験が終わんないかなあ。ダブルデートとかしてみようぜ』 「馬鹿か、絶対イヤだ」 『なんでだよぅ! 栞さんも、末永くよろしくって言ってたぞ。シュウのこと、熱心に尋ねるんだ。ちょっと焼けるわ』  鈴原の悪夢は、今もって消えず。  大学でまで騒ぎを起こすなよ、まったく。  でもまあ、ジンクスなんて、もうどうでもいい。来たけりゃ来いよ、全部断ってやるから。  通話を終えたスマホの電源を切ろうとして、途中で握り直した。画像フォルダを開き、夕方に撮った赤瀬を表示させる。  鼻の赤い顔も可愛いけど、実物にはとても敵わないな。  ほんの数ヶ月先、オレたちがどうなっているかは誰も答えられまい。  どこへ行って、何をしているのか。  だけど、一つだけ断言出来る。  これからの一年は、いや、この先ずっと、オレは赤瀬と一緒に歩んでいく。  今日、別れる際に交わしたその約束へ、彼女も力強く頷いてくれた。  スタンドにスマホを載せたオレは、画像の彼女に見守られて、英語の問題に取り掛かる。 “ずっと離れないでね”  ――もちろん。離すかよ。  以上が高校生、最後の冬の出来事だ。  生涯二度と味わえない、最高のバレンタインデーだった。 了
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!