第5章 社会人

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 配属されたスーパーのC店は皆いい人ばかりであった。年配のオバちゃま店員にもずいぶん可愛がってもらった。ピンチの時、何度助けられたかわからない。ただ感謝だけは忘れなかった。「ありがとうございます」は合言葉のように言っておく。もちろん差し入れは欠かさない。それも喜ばれるものを厳選した。  店長の河合さんもよくしゃべるノリのいいおじさんだった。人情派で優柔不断なところがあるが、頭の回転が速いので口に出す時には正確で的を射ていた。  仕事で一番楽しいのは売り場のスポット(季節に合わせたセールや安売り)作りだった。そうめんの季節であれば、煮干し、醤油、だし醤油、海苔などを入口のそばにスペースを作って配置しポップや装飾を施し、イチ押しのそうめんを前面に出す。国産小麦粉使用の黒帯ものが多かった。僕は背が高いので、かがんで消費者の目線を研究する。そうめんだって並べ方しだいで全然売れ行き方が違うのだ。そこに唐突に水ようかんやあんみつ、小玉スイカなどを置いても意外と売れていく。    メーカーや問屋の営業の人たちもみんないい人たちばかりであった。たまに売れ行きが悪いものを頼まれるが、ここは僕の腕の見せ所。あるときはぬかみそセット30ケースを定価で買ってあげた。ぬかみそは夏野菜が出始めるとき、そして天候がいい日が続く時は売れるのだ。季節や天候を読めば、ばっちり値が張っても売れるのである。問屋も小売りもウィン・ウィンでお客様にも喜んでもらえる。  店は8時には終わった。店長に報告や連絡などをすると9時くらいになるが、よく店長やアルバイトさんとよく飲みに行ったものだ。  僕が好きなのはやはり食材にこだわった小料理屋だった。店から3駅ほど離れたR駅に行きつけの小料理屋があり、季節の初物や取れたての旬のものを出してくれた。店の親父さんからは、だしの取り方から、食材の活かし方までいろいろ教わった。  そうして習ったものはさっそく店の陳列やスポットに反映された。なによりキンキンに冷えたビールジョッキで頂く最初の一杯は至極なもので1日の疲れが吹き飛んだのである。  トクチャンや高田さん、その他配送の人たちは一足先にR駅の焼き鳥屋にいることが多かった。焼き鳥はもちろん鳥料理全般に美味しい店だった。このころには僕も焼酎が飲めるようになっていた。若いT運輸の連中はさすがに力仕事とあってよく飲んだ。ただ朝が早いので連中は先に帰ってしまう。そんなときは同期ともよく飲みに行ったものだった。 「なおクンがC店にきてからさ、活気が出てきたぜ、店に」と同期の仲間は誉めるのが上手い。お世辞とはいえ嬉しかった。 「どうなのよ、売り上げのほうは?」と同期の友人に訊かれ、ぼくはどきっとした。  日々勉強と思って売れ行きだけを気にしていたが、昨年比や他店との比較までは把握していなかった。  これからは店のトータルでも、個々の商品でも、売り上げを比較して把握する必要を感じた。こうして酒を飲んでいると頭が冴えて次々に自分が今すべきことやアイデアがポンポンと出てくる。  浮かんだアイデアは忘れないようメモし報告書などに挙げた。  ときには飲んでひらめいた後、C店に戻って徹夜でレイアウトを考えたこともあった。とくに毎週本社で開かれる新入社員研修の前には、入念に企画書からプレゼンまでシャドー練習をして臨んだ。  こうして僕は仕事に熱中して打ちこんでいる社会の一員になれた。それだけでも自分には驚きであった。1年はあっという間に過ぎ、3年目を迎える頃には店長になった。河合店長の後を引き継いでC店を任されたというわけだ。河合店長は県西部に異動になった。みんなに小料理屋を貸し切って送別会を開いた。     
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