第6章 プロポーズ

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第6章 プロポーズ

 プロポーズは申し訳ないと思っている。いまでも本人はよく思っていないだろう。由佳と二人で車に乗っていた帰りだった。カーディガンズのLovefool を聞いていたと思う。もう夜10時くらいだった。走っている道路のちょっと先に人が倒れていた。危うく僕は轢(ひ)いてしまうところだった。手前に止めて車を降りると初老の女性が泥酔して倒れていた。声をかけた。寝返りを打つ。生きている。 「どうしよう、このままだと轢かれちゃうんだけど」と僕は由佳に訊いた。 「そうね、警察呼んで。お巡りさんが来るまでここにいようよ、ファザード出しておいてさ」と由佳は至って冷静で親切だ。ぼくは生まれて初めて110番通報をした。  自転車のお巡りさんが来るまでの10分間は異様な光景だった。なにせ道路に人が倒れている手前で、車がファザードを出して止まっているのだ。通り過ぎる車は唖然とするだろう、それに車には男女が乗っていて談笑しているんだから。  お巡りさんに、ことの説明を終えると僕らはすぐに現場を去った。見てはいけないものを見た気がした。それでいて初めて人命救助をした。変な気持になったが由佳がいて安心した。なぜかとっさに僕は 「由佳、僕と結婚してください」と言ってしまった。 「・・・うん。突然・・・」由佳は複雑な声で返事をしてくれた。  僕たちの結婚生活はこんなスタートであった。  その数ヶ月後、  由佳とは長野の教会で結婚式を挙げた。親族だけの質素だが、心のこもった式になった。プロポーズのシチュエーションを訊かれるときもあったが適当に、はぐらかした。結婚式には素面(しらふ)でいられたが、パーティーでは飲まされ続けてあまりよく覚えていない。全く記憶をなくすことを「ブラックアウト」という。ブラックアウトになる飲兵衛は要注意だ。
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