第5章 社会人

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第5章 社会人

「なおクン、ご苦労さん、缶コーヒー買っといた。置いておくよ」とトクチャンはトラックに乗り込む。乾物問屋の配送のオジサンだ。トクチャンはもう60歳は過ぎている。 「あざーすっ」と検品を終えた僕は納品書をトクチャンに渡す。若い僕でも気を遣ってくれるいい人なのだが、女の子と下ネタが大好きで、忙しいときはこうしてコーヒーを置いていってくれた。  酒焼けした顔と総白髪が印象的で、店が終わるとよく飲みに行った。 「今日配達中に見た女子高生がよう、自転車でもう少しでパンツ見えそうでさ」 「倉庫に入った新人の女の子がさ、エラいベッピンさんでよう」と、トクチャンはいつでも女の子の話から始まる。僕が知っているだけで3回も事故を起こしたのだが、どうせよそ見をしていたに違いない、とみんなは言った。       そうして2年がたち、僕はバイト先のスーパーで社員になった。バイト経験が優遇されたのである。なにより経験が生かせるし、食品を自分のアイデアでさまざまに提案してみたかったのだ。そのスーパーは激安スーパーと違って商品にこだわりがあり国産ブランドや有機栽培などの商品も多くあった。店舗ごとの自主性も尊重された。社員教育は商品の知識、売り方、お客様対応に重点を置き、しっかりと教育された。  PB(プライベートブランド)商品にも「国産原料」というこだわりがあって価格が高くてもよく売れた。「Fマート」というブランド力もあったのである。なにより会社の規模が大きく上場企業であったので福利厚生はしっかりしていたのも魅力的だった。給料や福利厚生も同じ業界で比べると初任給から格段に良かった。  最初の配属は神奈川県の県央に位置するベットタウンのC店。マンションが立ち並び、比較的若い世代が多い住宅街である。  同時に引っ越しをした。都内だがほぼ神奈川と言ってもいい南端の原田市にした。晴れた日には富士山はもちろん、冬は雪の積もった丹沢・大山山系が綺麗に見渡せる自然の多いところが気に入った。地方都市のような原田市はデパートや専門店も多く買い物にも困ることはなかった。
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