第4章 フリーター

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第4章 フリーター

 大学を無事4年で卒業して二年間はフリーターをして糊口を(しの)いだ。どうしても天職が見つからないのである。親からの送金は断った。スーパーと塾講師をかけ持ちにして、時には由佳に甘えさせていただいた。 「なおクンさあ、この先どうしようと思ってんの」由佳は早くも結婚を意識していた。喫茶店にいる二人に重苦しい空気が立ち込めていた。クラプトンの“Change the world ”が流れている。優しくクラプトンは僕を叱ってくれている気がした。 「由佳と一緒だよ」と僕は言った。 「そういう意味じゃなくてさ、なおクンこのままバイトでやっていくつもり?」耳が痛い展開だ。由佳はそれでも優しかったと思う。普通なら即サヨナラに決まっている。    このころからだと思う。由佳は他の男とも付き合いだした。俗に言う二股である。 「気になる人ができちゃってさ」とはっきりと公言された。年上の公務員で年収は500万とまで告げられた。何を言いたいかは分かっていた。  由佳の幸せのためなら自分は身を引こうと思った。このまま二股の状態が半年は続いただろうか、心も体もズタボロになっていった。  そうして僕は胃や腸を悪くした。食べ物も受け付けなくなってきた。鏡を見ると頬はこけ、青い顔をしている。トイレに行っては吐き、吐きだすものが無くなっては胃液や血反吐を吐いた。やっぱり由佳とは離れられない、しかし離れなければいけない、そのジレンマと戦った。いつしか布団から出られない寝たきりのような状態になった。今日は何日かもわからなくなるほど眠っては酒を浴び、酒を浴びては眠り続ける、という生活が2,3カ月は続いた。バイトも休んだ。グレン・グールドの「バッハ・ゴールドベルグ変奏曲」を繰り返し聞いて布団にもぐっていた。  どれくらいがたったであろう。夜中に「カチャリ」とアパートの扉が開いた。 「なおクン、私がいないと本当にダメになっちゃうんだね」由佳が来た。 「もうやめよう、あたしも疲れちゃった、やり直せるかな?」と由佳は疲れきった声で言葉を絞り出した。由佳は僕のもとへ帰ってきてくれたのである。二人で泣いた。もう何があっても放してはいけない。そう思うと次に取るべき行動ははっきりしていた。  僕には由佳がいる。由佳を幸せにしなくてはならない。胸を張って強く生きる。そう決めた僕はしっかりと結婚を意識するようになった。
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