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   「―――――なにそれ」  彼の話を聞いて、私は呆然としていた。  まるで信じられなかった。  あの、どうしようもなく孤独を感じた人ごみのなか。  彼が、ただ私に会うためだけに、ずっと、一生懸命、走り回って、探してくれていたなんて―――。  『·····カイヅカさんっ!』  土手沿いのあの人混みのなかを、かきわけながら。  必死に手を伸ばして。  そして、とうとう本当に、私を見つけてくれたなんて。 「本当に·······?」 「ごめん、本当」  信じられないと言わんばかりの顔で、呟くようにそう尋ねた私の声に、彼が言った。  ―――ずっと。  そのまっすぐな目が、私を静かに捕らえて離さないから、呼吸を繰り返すたびに、私はたちまち泣きそうになっていく。  時間が、止まっているような。  たまらなくなって、喉の奥が、震える。  ――――ついさっき、彼にキスされた唇が熱い。  いつのまにか、もう身動きも出来ない。  そうして私は、今さらようやく理解している。  土曜日の夜。  二度目に私に声をかけてきたときのこと。   ーーー“彼の態度には、どこか覚悟めいたようなものが垣間見えて、私は無下に断ることが出来なかった“  あの時、彼の瞳に灯っていた、静かな火の正体。  それが何なのか、今ならはっきりわかる。  彼は、見つけた。  それはきっと、ありふれているはずなのに、これまで世界中のどこにも見つけられなかった、特別な感情―――。  (ああ······)  ついさっき、彼から直接この唇へ、受け渡された熱が。  やがて、静かに繰り返される私自身の呼吸を伝って、無防備な身体全体へとじんわりと広がっていく。  心地よく。あたたかく。  どこまでも、溢れていく。  そうして、私は生まれて初めて感じるような、どんな言葉にもできない、―――ものすごく幸せな切なさに包まれて涙をこぼした。  そして、雨音のなかに紛れそうな声で。  たぶん、かろうじて、こう言ったのだと思う。 「――――ありがとう」  今夜、私と彼の間に起こった、ささやかな出来事。  これはきっと、世界中の誰もまだ知らない物語。  私と彼、二人だけのための、奇跡。   
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