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2,
そう思っていたはずなのに、私は金曜日、仕事が終わるとなぜか花火大会の会場へと足を運んでいた。
天気予報は、夜まで快晴。
無事花火大会の決行も確定し、会場近くの河原には、たくさんの出店が色とりどりの電飾を輝かせながら並んでいた。
近隣地域では最も大きなこの花火大会。
例年三日間に渡って開催され、すべての日の夜八時半から打ち上げ花火が予定されている。
想定される人手は、六万人。
案の定、打ち上げ会場が近づくにつれて、川沿いの土手べりの道は、人でいっぱいになっていった。
家族連れ。
カップル。
友達同士。
どこを見渡しても、笑顔、笑顔、笑顔。
·····やっぱり、一人で来てるひとなんて、いるわけないじゃん。
私は心のなかで思わずそう呟いていた。
魔が差した。
今夜の私の行動は、まさにその一言につきるものだった。
鼻をくすぐるのは、屋台のいか焼きが焦げる香ばしい香り。
活気に溢れるお兄さんの掛け声。
風にのって、さまざまな形をした夏の感触が人々の間をすり抜けていく。
私はぼんやりと、その風景のなかを、漂うように歩いて行く。
案外、誰も他人のことなんか、見ていない。
私は、まるで誰か待ち合わせた人でも探しているかのような顔をして、ゆらりゆらりと人ごみの間をすり抜けて行った。
「··········」
ひょっとしたら、世界中の人が、今夜、この花火を見るために、集まってきているんじゃないだろうか。
そう思えるほどの喧騒。
だけど、どれだけたくさんの人がいたって、その中で私は一人だった。
「いらっしゃーい!冷やしパイン!冷やしパイン!じゃんけんで勝てばおまけで一本!···そこのお嬢さんも、よっといで!」
歩きながら、そこかしこにある幸せの欠片を探す。
たぶん、気付いてしまったからだ。
この誰もが笑顔に溢れる今夜。
一人で花火大会に来たのは、あぁ、本当に、私だけだったのかもしれない、って。
いつしか、がむしゃらに、早足で歩き続けた。
来るんじゃなかった。
ここに私の居場所は、最初から無かった。
どっちの方向から歩いてきたのか、突然まるで分からなくなって、泣きそうになる。
溢れかえる、人、人、人。
こんなにも大勢の人がひしめく世界の中で、本当に私が、ただ私だけが唯一。
ひとりぼっちだーーーー。
「―――あのっ!!カイヅカさんッ!」
突然、近くで誰かの信じられないくらい大きな声がした。
反射的に、私はびくんと身を震わせた。
我に返って、声のした方を振り向くと、
「あっ、····あの、突然すみません!待って!待ってください!」
人ごみを掻き分けるようにして、一人の少年がこちらへ近寄ってきた。
私はぎょっとした。
視線が合う。私のことを、呼んでいる?
どこか幼さの残るその顔。
たぶん、まだ高校生か、大学生。
白い無地のTシャツに、ジーパン。
寄ってきた少年は、はっきりと私の顔を見下ろすと、息をきらしながら、またその名を呼んだ。
「カイヅカさんッ」
「·····すみません。人違いですよ」
とりあえず、そう返してみた。
全く見覚えのない顔だった。
絶対に知らない。
「あっ、いえ、人違いではないんです!」
慌てたように少年が言う。
新手のナンパだろうか。
こっちはもう27歳のいい年したオバサンなのに。
私は思わずぷっと笑ってしまう。
「違うんですか?あれ。私、カイヅカさんじゃないですよ」
「あっ、いえっ、あの······そうじゃなくて」
煮え切らない態度で、少年はしどろもどろと言い訳をしている。
私は笑いながら首を傾げてみせた。
暗闇のせいでよく顔が見えていないのだろうか。
「なに?新手のナンパ?」
少年はばっと顔を上げた。
ぶんぶんと顔を物凄い勢いで横に振る。
「い、いや!そんなのは、全然違うんです、あの―――――」
しばらくまた口ごもって、少年が視線を逸らした、その時だった。
ウワァッと周囲で一斉に歓声があがる。
きゅぅうううう·····――――
ドォオン!
轟音が轟き、大気が揺れる。
咄嗟に私は音がした方向を振り向いていた。
ドォオン!
また轟音がとどろく。
花火の打ち上げが始まっていた。
真っ黒な夜のキャンバスに、これでもか、これでもか、と。
激しく、その命をきらめかせる大輪の花。
「················―――」
しばらく見惚れていた私は、はっと我に返った。
慌てて振り向く。
「――――っ、?」
だが、彼の姿はどこにもない。
きょろきょろと見回す。
ただ、上を見上げて歓声をあげながら、顔を輝かせているたくさんの人たちが、いただけ。
――――なんだ。
私は、息をはいた。
やっぱり、新手のナンパだったんだ。
久しぶりだな。ナンパされたのなんて。
馬鹿そうに見えたのかな。
Tシャツの袖の部分に、何か黄色い付箋紙のようなものがついていることに気付いたのは、その時だった。
············?
めくってみると、こう書いてあった。
『明日も来て』
それは、びっくりするくらい、ぐちゃぐちゃな字だった。
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