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 翌日、仕事を終えた私は、なぜかまた昨日と同じく、花火大会の会場へ向かっていた。  なぜこんなことを、と自分で自分に呆れながら、一方で、昨日の出来事が、非常に引っ掛かってもいた。  完全に人違いだったのに、彼の態度は何か変だった。  私はカイヅカさんじゃないって、はっきり言ったのに、彼は、私に付箋紙を張り付けて消えた。   まるで意味が分からない。  何か、学生の間で流行っている遊びにでも、巻き込まれたんだろうか。  だとしたら、こうしてノコノコと、再びこの場所に現れている私は、とても滑稽だと思いながら。  昨日と同じく、かなりの人出だった。  私は額に浮かんだ汗を拭いながら、いつのまにか、彼を探している。  何をやっているのか。  本当に馬鹿馬鹿しい。  しばらく歩いて、私は諦めた。  というか、暑くて暑くて、死にそうだった。  適当に空いている土手のスペースに腰をおろした。  まだ花火の咲いていない夜空を眺める。  案外、星がとても綺麗だった。  勿体無いなぁ。  こんなにたくさんの人がいて、見上げれば美しい光景が広がっているのに、今は誰も夜空を見ていない。  花火が打ち上げられれば見るんだろうけど、たぶんこの小さなきらきらした輝きは、あの激しさの前では、誰の目にも止まらない。    来る途中、コンビニで購入したビールを開けた。   そして、一気に煽る。  美味しすぎた。  乾いた身体中に、瑞々しい旨味が染み込んでいくようで、ほぅ、と息をついてしまう。  そんな私の背後で、土手沿いの道を、たくさんの人々が、楽しそうに流れていく。  私は2日目にして突然図太くなったのか、今日もひとりぼっちなのに、昨日ほどの孤独感は無かった。酒のせいかもしれないけど。    あ、やっぱり、おつまみも買ってこれば良かったなあ。 「――――たこやき、食べませんか」  不意に、その声がした。  私はびくっとして、危うくビール缶を取り落としそうになる。    それから、おそるおそる右後ろを見上げた。  「こんばんは。カイヅカさん。たこやき、2パック買っちゃいました」      照れたように笑って、彼が立っていた。  ―――――なんなの? 「―――昨日から、何がしたいんですか?」 「·····え。すみません。迷惑でしたか?」  走ってきたのか、少し、息がみだれている。  率直に聞くと、たちまち申し訳なさそうな顔になって、なんだか逆に私のほうが罪悪感を感じるはめになった。  私は短くため息をついた。 「迷惑じゃないですけど。わたし、カイヅカさんじゃないです」 「え?あ、·········えーと、じゃあ、何さん?」 「私は、モリグチ――――」  危ういところで個人情報を口にしかけた私は、すんでのところで思いとどまった。  乗せられてしまった恥ずかしさに、思わず視線を背ける。 「見ず知らずの人に、名前なんか教えません。早く、お友だちのところへ帰りなさい」  すると、少年は、困ったように笑った。 「いないんです。今日は、一人で来たんです」  え。  私はびっくりした。  まじまじとその顔を見てしまう。  童顔だけど、目鼻立ちは綺麗なその面差し。 「ひとりなの?なんで。―――ほんとに?」 「そういうあなただって、一人でしょ」 「――――いや。まあ。そうだけど」 「一緒に、花火、見てもいいですか」  本当に妙なことを言い出す。  だけど、彼の態度には、どこか覚悟めいたようなものが垣間見えて、私は無下に断ることが出来なかった。 「別に、あなたがやりたいことを止める権利なんて、私にはないけど。ここはみんなの土手だし」 「良かった。じゃあ、となりに座りますね」  少年は私のとなりに腰をおろした。 「オレ、どうしても、花火が見たくて。この三日間だけは、絶対に来ようと思ってたんです」  やがて、時刻は、八時半を迎えようとしていた。  私たちが腰を下ろしている土手の周囲にも、たくさんの人たちが集まってくる。  熱気と、歓声。  大人と、子供。  夜と、屋台の食べ物の匂い。  色んなものが入り交じって、あたり一帯の空気中に浮遊している幸せな期待感のようなものが、1秒ごとにどんどんと膨らんでいく。  そして。  きゅぅうううう··········――――――  ドォオン!  また轟音が、鳴って、大地が震えた。  夜空いっぱいに、花が咲く。  その輝きは、すべての美しい星の煌めきをを一瞬で無にしてしまう。  圧倒的で、強引で、残酷だった。  それなのに、どうしようもなく、美しい。  ああ、と私は思った。  また、見惚れてしまった。  こうなるかもしれないと分かっていたのに。  振り返ると、やっぱり彼は居なくなっていた。  ただ、一枚の付箋紙が、またしても私の袖に貼り付いていた。  『また明日』   またやってしまった。  私は、その付箋紙を剥がして、それからまた頭上に輝く花火を見上げた。  
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